第28話


「はぁ、はぁ、はぁ…」


浜田たちの下から運よく逃げ出すことができた彩音は、暗い森の中を荒い息を吐きながらがむしゃらに走っていた。


方角などは考えている余裕がなかった。


とにかく今は浜辺から距離を取るために、森の奥へ奥へとひたすら走っていた。


「はぁ、はぁ…翔ちゃんっ…翔ちゃんっ…」


乳酸が溜まり、段々と足が重くなってくる。


背後を振り返るのが怖い。


もしかしたら取り巻きの男子たちがおってきているかもしれない。 


追っての足音を聞く余裕も、立ち止まって背後を確認する余裕も彩音にはなかった。


「翔ちゃんっ…翔ちゃんっ…」


翔太の名前を口にしながら、下着姿のままなりふり構わずとにかく走った。


「あっ!?」


木の幹か何かにつまづき、突如、体がふわっと浮き上がった。


「いっ!?」


受け身を取ることもできず、彩音は前方に向かって転がった。


土が口の中に入ってきて苦い味が広がる。


「うえ…ぺっ…ぺぇ…うぅ…」


彩音は泣きながら口の中の土を吐き出し、這いずって奥へ進もうとする。


「翔ちゃん…翔ちゃん…お願い、助けに来て…」


縋るように幼馴染の名前を口にしながら這って進んでいると、やがて前方に光が見えてきた。


「…!」


それは暗闇の中に灯った火だった。


もしかしたら翔太の起こした火かもしれない。


彩音にはその光が一筋の希望のように見えた。


「翔ちゃん…こっちだよ…助けに来て…翔ちゃん…!」


声を振り絞りながら、彩音は光に向かって這い進んでく。






「…?」


深夜。


ふと俺は目を覚ました。


何か聞こえたような気がしたのだ。


起き上がって辺りを見回す。


すー、すーと隣では佐藤が寝息を立てている。


「…確かに聞こえたよな」


俺は佐藤を起こさないようにそっと簡易住居の中から出た。


未だメラメラと燃えている焚き火の横を通り過ぎ、その先の暗闇を仰ぐ。


今、確かに何か聞こえたような気がした…


翔ちゃん…翔ちゃん…


「…!」


間違いない。


気のせいかと思ったが、今はっきりと聞こえた。


「彩音…!?」


俺は暗闇の向こうに叫ぶ。


翔ちゃん…翔ちゃん…


「彩音!!彩音なのか!?」


翔ちゃん…


確かに聞こえてきた彩音の返事。


俺は咄嗟に駆け出した。


「彩音!?彩音なのか!?どこだ!?彩音…!?」


草木をかき分けて暗闇の中を進んでく。


翔ちゃん…翔ちゃん…


俺を呼ぶ声は確実に近づいてきていた。


やがて…


「彩音…!?」


「あ…翔ちゃん…」


俺は地面に下着姿で倒れている彩音を発見した。


夢中で駆け寄って、抱き起こす。


「彩音!?大丈夫か!?何があった…!?」


「うぁ…翔ちゃん…よかったぁ…」


俺の顔を見てふっと彩音の表情が安心したように緩んだ。


「彩音!?しっかりしろ。彩音…!?」


「翔ちゃん…よかった…生きてたんだね…」


彩音はそう言って目を閉じてしまった。


「彩音!?」


俺は彩音の名前を叫び、首筋に手を当てて脈を確認する。


「ほっ…よかった…」


脈はあった。


死んだわけじゃない。


疲れて眠ってしまったようだった。


「お、お前…なんだってこんな格好で…」


彩音はなぜかパンツとブラだけの下着姿だった。


体は泥で塗れ、汚れている。


「と、とにかく火の元に…」


何があったのかは起きてから聞けばいい。


俺はひとまず彩音の冷えた体を炎で温めようと、その体を抱き上げ、拠点まで運ぶのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る