第2話


「なんで島が一個も見当たらないんだ?」


船が沈没する前、甲板から見えた島々が一つも見当たらない。


俺たちはあの時見えていた島の一つに流れ着いたんじゃないのか…?


一体俺たちはどこに流れ着いてしまったんだ?


「ここが私たちが沈没したところから近ければすぐに見つかると思うの…でも、島が一つも見えないってことはつまり…」


「俺たちは、沈没した場所からかなり流された可能性があるってことか」


彩音が頷いた。


「実は最初にここで目を覚ました人が起きてからすでに数時間がたっているみたいなの…でもいまだに助けは来ない…」


「マジかよ…」


俺は事態の深刻さを理解し、汗を流す。


「そ、そうだ、ケータイは?誰かの端末で連絡を取れば…」


俺は自分のポケットを探る。


そこに入れていたはずのスマホはない。


海に流されてしまったようだ。


「それもダメ。何人か携帯も一緒に流れ着いた人もいたんだけど、全部濡れてダメになってた」


「…マジかよ」


じゃあ、俺たちから外に向けて助けを呼ぶことはできず、ここで助けを待つしかないってことか。


絶望だな。


「私たち,どうなるんだろ…」


彩音が不安げに呟いたその時だった。


「みんな…!ちょっと集まって欲しい!今から今後の方針について決めようと思うんだ!」


突然そんな声が響いた。


「あ、浜田くんだ…」


「あいつかよ」


俺はその声を聞いた途端にげっそりとする。


浜田浩平。


イケメンのサッカー部で、うちのクラスのリーダー的存在。


常にクラスの中心にいて、取り巻きを何人も侍らせているのだが……人気者かといえばそうでもない。


浜田にはひどく傲慢なところがあり、自分の命令に他人が従うのは絶対だと思っている。


今までに浜田の命令に逆らった奴が虐められたりと言う事件もあった。


だから、浜田を密かに嫌っている生徒も中には多い。


「こんな時にいきなりリーダー面か。あいつらしいな」


「仕方ないよ…浜田くんぐらいしか纏められる人いないし…」


「まぁ、そうだな」


俺は彩音と共に渋々浜田の元へ歩く。


ものの数分程度で浜田の周りにクラスメイト全員が集まった。


「まずは現状確認からだ。僕たちはどこかの無人島に流されてしまった。そして助けはすぐには来そうにない。ここまではいいかい?」


浜田がクラスメイトたちの顔を見渡す。


誰からも異論は出なかった。


この場にいる全員が、今自分達が置かれている状況については理解している様だな。


「まずは冷静になることが必要だ。パニックになってはいけない。もしかしたらすぐではないかもしれないけれど、助けはいずれ来ると思う。僕たち以外にもたくさんのお客さんが乗っていたフェリーが沈んだんだからね。きっと事件になっているはずだ。だから、どんなに遅くとも数日以内には救助隊が来るんじゃないかな」


「「「…」」」


皆無言で浜田の話に聞き入っている。


何か浜田が名案を喋っているわけじゃないんだが、空気を乱して仲間はずれにされるのが怖いんだろうな。


こんな時だからこそ。


「僕たちが今しなきゃいけないことは協力することだ。バラバラで行動するのは非効率だからね。この島に、僕たちB組の生徒だけが流れ着いたのは本当にラッキーだ。僕たちなら協力してこの困難を乗り越えられる…!」


「そうだ!」


「浜田の言う通りだな!」


「流石は浜田だ!!」


いつも浜田を取り巻いている連中が、浜田をよいしょする。 


「お、おう…」


「い、いいぞー…浜田…」


「お、俺も賛成…」


他の生徒たちもおずおずとその浜田よいしょの空気に乗る。


浜田はますます調子に乗ってもう自分がほとんどクラスのリーダーで決定したかの様に振る舞う。


「と言うわけでまずやることは食糧探しだ…!助けが来るまで数日か、あるいは一週間か……それまでに持ち堪えられるだけの食糧をみんなで探そう…!!」


「流石浜田だ!」 


「名案だな!」


「その通り!!食糧を探そう…!」


「うん!みんな賛成みたいだね!」


浜田とその取り巻きたちだけが盛り上がり、俺たちの行動方針が当座の食糧探しに決まりかける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


流石に見ていられなくて、俺は声を上げた。


「ん?何かな?佐久間くん。反対意見でもあるの?」


水を刺されたと思ったのか、苛立った表情でお俺の方を見る。


俺はそんな浜田を正面から見据えながらいった。


「食糧探しをまず始めるってのは賛成できない。それよりもまず水だろ。人間は三日水分を取らないと死ぬ。食糧は五日から一週間は持ち堪えられるらしい。だから、最初にやることは食糧探しじゃなくて飲み水を探すことだろ」


俺は正論を言ったつもりだった。


実際、この状況では腹が減って死ぬよりも脱水症状で死ぬのが先になる様に思う。


ならまずは水を探すべきだ。


そう思って口を挟んだのだが…


「僕の意見に口を挟まないでくれるかな?佐久間くん」


「え…」


まさか反対されるわけないと思っていた俺は驚く。


浜田は、苛立ちをぶつけるように靴で地面をガシガシと踏む。


「今はみんなで協力しなきゃいけない時だよ?皆で協力するにはリーダーである僕の元に皆が集結するのが一番効率がいい。そのことがわからないかな?」


「いやいや…」


ツッコミどころ満載の浜田のセリフに俺は首を振る。


まずいつからお前がリーダーになったんだよ。


あとどう考えてもまず最初に水を探すべきだろ。


食糧はその後でいい。


俺の意見が気に食わないならその理由を言えよ。


「はぁ、困るんだよね。君みたいに輪を乱す奴が出てくると」


「…っ」


俺は苛立って言い返したくなったが、なんとか堪えた。


ここで喧嘩したっていいことは何一つない。


貴重な体力を消耗するだけだ。


「おい、佐久間。浜田に対して生意気だぞ」


「何モブのくせに浜田に意見してんだ?」


「クラスの輪を乱すなよ。お前は黙ってろ」


浜田の取り巻きたちが、浜田の援護射撃をする。


一方でその他のクラスメイトたちは誰も俺の味方をしてくれなかった。


多分、この状況で浜田に逆らって仲間はずれにされるのが怖いんだろうな。


「わ、私は翔ちゃんの意見が正しいと思う!」


違った。


一人いた。


彩音だ。


皆が流れに身を任せて浜田に従う中、一人だけ彩音が俺の肩を持った。


「みんなで水を探そうよ。食糧はその後でも…」


「島崎さんも僕に逆らうの?」


「ひっ!?」


浜田が彩音に睨みを聞かせる。


彩音が引き攣った悲鳴を漏らした。


「彩音。今はいい。俺の味方はこれ以上しなくていい」


俺は急いで彩音にそう耳打ちする。


「しょ、翔ちゃん…でも…」


「お前まで孤立したらやばい。とにかく今はあいつに従っておこう」


彩音まで巻き込むわけにはいかなかった俺は、彩音にそういった。


「わ、わかった…」


彩音が恐る恐る頷いた。


「何か他に言いたいことある?」


浜田が俺を睨んでくる。


俺は首を振った。


「何もない。お前の指示に従うよ」


今浜田に俺と彩音だけで逆らうのは得策じゃない。


そう判断して俺はそういった。


「そうか。よかった。じゃ、僕の方針通り食糧探しを始めようか」


一瞬くらい笑みを浮かべた浜田が、すぐにいつも通りの表情に戻り、クラスメイト全体を見回してそう言ったのだった。

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