第3話

「階段も気を付けますし、考え事もやめますので、王宮へ引っ越すというのはさすがに飛躍しすぎていると思うのです!」


「そんなことはないよ、もう婚約して長いわけだし。それに考えてみて、ディアナ。王宮の侍女たちのほとんどが行儀見習いなどの貴族だよ。王宮へ上がるというのは、彼女たちと一緒で花嫁修業の一環さ」


「そ、それはそうかもしれないですが」


「そうでしょう」


「ぅうううう」


「どこか間違ってるかい?」


「いえ、間違ってはいません」



 そう言われると、確かに王宮へ上がる貴族の娘などはあまり身分の高くない者や婚約者のいない者で、王宮で仕事をして箔を付けることで結婚相手を探すとも言える。


 私の場合は次期国王であるリオン様の婚約者なので、花嫁修業の一環と言われれば確かにそう。そうなんだけど、そうじゃあなぁぁぁい。



「いえでも、そういうことは一度お父様たちに相談しませんと」



 このままだと言いくるめられてしまうわ。もぅ。危ない、危ない。



「じゃあせめて今日は、このまま王宮へ行ってお茶だけでもしようか。ディアナが倒れたと聞いて、母がとても心配していたんだ。それなら、かまわないだろ?」


「王妃様が、ですか?」


「そうだよ。ディアナのことを本当に大切にしているからね」



 リオン様のお母様はこの国の正妃様。婚約者として至らない私のことを、まるで実の娘のようにとても可愛がって下さっている。


 リオン様には他にも腹違いの弟様が二人いて、昔はよく王位継承の件で嫌がらせやいざこざが起こっていた。それを国王様がリオン様を正式に次期国王にご指名。


 それ以降は表面上は、争いはなくなったものの、お心を痛められていた王妃様は、男なんて本当にどうしようもない生き物だとよく嘆いていらっしゃった。


 そのせいもあって、私は本当によく娘のように可愛がっていただいている。王宮へはあまり近寄りたくはないのですが、仕方ない。ここは、王妃様に元気な姿を見せないと。



「分かりました……。王妃様のお顔を伺いにまいります」


「ありがとう、ディアナ」



 王宮なんて言うものは、基本伏魔殿。いろんな人の想いと、思惑が交差している。

 優しくても弱くても生きてはいけない世界。そんなトコなのよね……。



「一緒にお伺いさせていただきますわ、殿下」


「ん?」



 私の返答が気に入らなかったのか、リオン様はぐんっと顔を近づけてくる。


 もう、また!

 リオン様の匂いで、心臓が口から出てしまうから。


 心臓がもたないって何度言ったら……ああ、言ってなかった。


「殿下?」


「あああああああ、そうですねリオン様」


「うん。二人の時はちゃんと名前で呼ぶ約束だものね」


「はい……」


「さぁ、行こうか」



 私をお膝に乗せたままのリオン様は、背中と膝の後ろに手を回すと、そのまま抱えて立ち上がる。



「り、リオン様。お、おおおお下ろしてくださいませ。さ、さすがにこれダメです。本当にダメです」


「ダメだよディアナ、転んで記憶がなくなると困るからね~」


「あぅ」



 なんとも意地悪く、私に微笑みかける。このまま気絶して、記憶をなくしたい。そう今すぐにでも。


 私は真っ赤になっているだろう顔を、リオン様の肩にうずめる。せめて他の人に見られないように抵抗なんだから。


 うーーーー。


 ささやかでも、これは抵抗なの! もぅ、リオン様なんてリオン様なんて……でも好きなの……。

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