【ショートショート】ある男の最期の願い【2,000字以内】

石矢天

ある男の最期の願い


 捕らえられ、護送されている男がいる。

 両の手は縄で後ろに縛られ、縄の先は大きな木の幹にしっかりと繋がれていた。

 髪には皮脂がベットリと染みこみ、髭も伸び放題で、まるで浮浪者のようだ。


 そんな男を夕陽が温かく包みこむ。


「こんなキレイな夕陽を見られるのも、もう最後かもしれんな」


 護送が終われば、男は再び牢に収監されることになる。

 その後に待っているのは、死刑だ。


 だが、男に後悔は無かった。


 国のため、自身の信念に従って行動した結果だからだ。

 それが時の為政者の独断で罪と判断されただけであり、己自身になんら恥じるようなことはない。


「しかし、心残りはある」


 当然、この国の未来のことだ。


 いま、国は大きく乱れていた。

 王家は贅をむさぼり、民は疲弊し、隣国は侵略の魔の手を広げている。


 目の前で煌々と輝く夕陽のように、この国に戦火が広がり、王家が倒れ、民が犠牲となる未来。それだけはなんとしても止めたかった。

 それこそが自分の使命であると信じていた。


 男は地平線の下へ沈みゆく夕陽に願う。


「どうか、この国を連れていかないでくれ」

「さっきからブツブツとうるさいぞ。静かにしろッ」


 見張りの兵が男を睨みつける。

 他の兵が離れた場所で思い思いに休憩しているのに、貧乏くじを引かされた彼は少々苛立っているようだ。


 しばらくすると、離れたところからガヤガヤを人の騒ぐ声が聞こえた。

 おそらく他の兵が休憩しているであろう場所だった。


 男が見張りの兵をチラリと見ると、やはり向こうを気にしている。


「ちっ、なにを騒いでやがるんだアイツら。そろそろ交代の時間だろうが……。おい、囚人! 俺はちょっと向こうを見てくる。大人しくしていろよ。逃げようなんて考えてもムダだぞ」


 そう言って兵が離れるのと入れ替わりで、精悍な顔つきの若者が数人、男の元へと近づいてきた。

 

「先生! ああ、先生がどうしてこんな目に」

「おお、君たちか。見張りが戻ってきたら見つかってしまう。早く帰りなさい」


 彼らは男の弟子である。

 男が死刑囚として王城へと護送されると知り、後を追ってきたのだ。


「大丈夫です! いま、役人どもに酒を差し入れたところです。しばらくはこちらを気にすることもないでしょう」


 本当は全員斬り殺してやりたかったですけどね、と物騒なことを言って笑う弟子に、男も釣られて笑みをこぼした。


「最期の別れ、だな」

「そんな!? 最期だなんて言わないでください。まだ死ぬと決まったわけではありません。やはり、この場にいる役人を全部斬って――」

「やめたまえ。そんなことに意味はない。むしろ私が死ぬことで、この国に憂いを持つ者達、君たちのような若い者達が立ち上がってくれるのであれは、それは本望である」


 男が諭すように言うと、弟子たちは涙を流しながら「先生!」「ああ、先生!!」と今生の別れに涙するのだった。



 §   §   §


 漫画家のシュウジは、無言で原稿をめくる編集者のプレッシャーに負けそうになりながら、ただ黙って反応が返ってくるのを待っていた。


 やがて、編集者が原稿を机でトントンと揃え、シュウジの方を見る。


「はい。拝見させて頂きました。……えーっと、どこからいこうかな。まず、絵は良いと思います。キャラクターも……まあ、悪くないです。ただ……」

「た、ただ?」

「ストーリーというか、話の展開が古臭いんですよね。古典とか王道が悪いってわけじゃないんですけど、それなりにアレンジは加えないと……。読者も目が肥えてますから。だってこれ、吉田松陰の話がモデルですよね?」

「え? あ……、その……、はい」


 図星だった。

 ストーリー展開がどうしても行き詰まってしまって、史実をベースにすれば著作権もなにもないだろう、と幕末の話から自分が好きな話を組み込んだ。


「ですよね……。お描きになられている作品が西洋風のファンタジーとはいえ、流石に読者も気づきますよ。歴史好きの中でも、幕末は特にファンが多いですし、幕末を舞台にした作品もたくさんあります。私もすぐに『あ、見たことあるな』って思いましたもの」


 シュウジは口をパクパクとさせるも、声が出なかった。

 首をスパっと斬られて、肺との繋がりが無くなってしまったかのようだ。


「あ、勘違いしないでくださいね。別に史実であった出来事をストーリーに取り入れるという手法自体は全然悪くないんです。ただ、やり方というか――」


 そこから先、編集者から何を言われたのが、シュウジはさっぱり覚えていない。

 気づけば土手に座り込んで、夕陽に照らされていた。


 沈みゆく夕陽を見て、シュウジは国のことなんかよりも自分のことをなんとかして欲しいと心から思った。




          【了】




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1話(5,000~6,000字程度)で全10話完結。

ファンタジー世界の人情を小さな食堂から眺めるヒューマンドラマ

「王都の路地裏食堂『ヴィオレッタ』へようこそ」


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【ショートショート】ある男の最期の願い【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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