ブスの私が美少女戦隊の追加メンバーに選ばれるわけがない

神通力

でしょ?

私、芹沢(せりざわ)カモメには幼少期の苦い記憶がある。いや、苦い記憶だらけだ。思い出したくもない、碌でもない体験ばかりしてきたというか、させられてきた。コレは、その中でも特に酷かった時のもの。


『うーわ、見ろよコイツ! ブスのくせにピンクのフリフリワンピースなんか着てやがるぜ!』


『ブスが可愛い服着たって無駄なんだよ! うげー気持ちわりー! オエー!』


自分がブスだとハッキリ自覚したのは小学一年生の頃。母親に通わされていたピアノ教室の発表会で、ピンクの可愛らしいワンピースを着せられた私は会場でバッタリ出くわしてしまった、姉や妹の発表を観に来ていた同じクラスの男子たちにしこたま笑い者にされた。自分の演奏が終わった後だったのは不幸中の幸いだったのだろう。あんな精神状態でステージに上がれたとはとても思えないから。


それ以来、私は両親の勧めてくる可愛らしい服を頑として忌避するようになった。パステルカラーの可愛いお洋服は、可愛い女の子のためのもの。私のようなブスには、黒とかグレーといった地味な、よく言えば無難な服がお似合いなのだと思った。


両親はそんな私に『胸を張れ』『恥ずかしがるな』などと懸命に励ましたが、傷付けられた私の自尊心は両親の『人間は顔じゃない』なんて綺麗事程度では修復不可能だったのである。むしろ、励ますようにそう言われれば言われるだけ惨めになった。


何せ『人は見た目が全てじゃない』とわざわざ言い聞かせるということはつまり、遠回しに両親も『お前はそういう見た目』なのだと認めているようなものなのだから。ポジティブな発言を繰り返す当人たちがそれに気付かずにいることが、当時の私にとっては一番ショックだったかもしれない。


『カモメちゃんは凄くお父さん似だねえ』


『可哀想に。お母さんに似ればよかったのにねえ』


『男の子だったらよかったでしょうに』


皮肉なことに、私の両親はいわゆる美女と野獣のカップルだった。母は誰もが認める美人。父は一目で体育会系だと分かるマッチョゴリラ。なんでも昔、母が会社の飲み会で酔い潰されて悪い上司に襲われそうになったところを当時新入社員だった父がクビ覚悟で助けたのが結ばれた馴れ初めだという。


『いーい? カモメ。美人は得だ得だって言われるけど、本当はそんなにいいことばかりじゃないのよ。好きでもない勘違い男に一方的に惚れられた挙げ句、逆恨みされたり周りの女の子たちから『調子乗ってんじゃねーよ』とか言われて嫉妬されたりイジメられたり、色々あるの。人間顔の良し悪しだけが全てじゃないわ。中身の方がずっとずーっと大事よ。大丈夫、カモメもいつか、お父さんみたいな素敵な彼氏を見付けられるわ。だって、お母さんの娘ですもの』


ピアノをやめても、そんなことは知ったこっちゃないとばかりに男子たちによる私へのブス弄りは小学生の間中ずっと続いた。イジメじゃない、弄りだ、なんて言葉で誤魔化して。そんな風に容姿を中傷され、嘲笑されながら中学に進学する頃になると、私はイジメを適当に受け流す術を覚えた。


どんな侮蔑の言葉も嘲笑も、イチイチ気にしていたらやってられない。なんせ一日に何度も何度もぶつけられるのだ。面と向かって言われることもあれば、通り魔的にクスクス笑われることもあった。おい男子共、お前ら私の顔をバカにできる程自分が上等な顔してるとでも思ってんのかと言ってやりたかった。


心を閉ざした私は、誰の前でも全くニコリともしない、愛想のないブスと呼ばれた。ブスのくせに生意気だ、調子に乗ってる、と。イジメは更に悪化した。可愛い服を着れば嘲笑され、地味な服を着れば根暗だと嘲笑される。一体どうしろと言うのだ。


不幸中の幸いと言うべきか、暴言や陰口以外の直接的なイジメ。たとえば暴力だったり、物を盗まれたりといった物理的な被害はなかった……わけじゃないが、そこまで深刻ではなかったため、まだ耐えられた。耐えられてしまった。


中学生になると、露骨な男子からのブスイジメは減ったが、今度は同級生女子たちからの陰湿な視線や嘲笑が始まった。芹沢カモメは友達のいない、真面目な優等生だ。それしか取り柄がなかったから、とりあえずいい子であろうと努めてきた。


それが、思春期が始まり反抗期に入りつつあった同年代の子供たちにとっては目障りだったのかもしれない。結局のところ、ブスは何をやっていても他人から嗤われ、嫌われる運命にあるのだろうな、と悟った。


「よう芹沢、コソコソとどこ行くんだよ?」


「図書室です。図書委員の当番があって」


クラスメイトの葵(あおい)シュンは特に苦手な相男子だった。サッカー部の若き天才エースストライカーである彼は、クラスカーストの頂点に位置する。顔もいいし、一年生なのにもうレギュラーに選ばれるぐらいサッカーが上手い。おまけに勉強もできるとあらば、まあモテるだろう。男子からも女子からも人気者だ。


そんな彼は、何故か私に対してだけ当たりがきつかった。まあ、いつものことだ。クラスの人気者がひとり、イジメる相手を選ぶ。すると、みんながそれに倣って、私ひとりを犠牲にクラスの絆や結束が深まるのだ。そんな体験を、小学生の頃からずっと繰り返してきた。たぶん、社会人になってもこういう社会の縮図は続くのだろう。


イジメはやめましょう、他人をバカにするのはよくないことです、とSNSで綺麗事を言いながら、テレビをつければお笑い芸人が自虐ネタで笑いを取っている。ポリコレの聖地でも嫌な事件が起きた。結局のところ、人間とはどこまで行っても本能的に誰かを嗤うのが娯楽として好きな生き物なのだろう。人種も年齢も性別も関係なく。


「俺図書室って嫌いなんだよなー。カビ臭くてジメジメしてて、電気ついてても昼間なのになんか薄暗いしさ。授業でもないのにあんな部屋でじっとしてるだなんて、とてもじゃないけど耐えられないね!」


「……すみません、通してもらえませんか」


葵シュンとその取り巻きたるサッカー部員たちが私の行く手を塞ぐ。それを遠巻きに眺めているクラスメイトたちもニヤニヤと楽しそうだ。私が困っているのを見て楽しんでいる。彼らにとって、コレぐらいの悪ふざけはイジメの範疇にも入らないのだろう。それで私が当番に遅刻して上級生や教師に叱られれば、それが更に彼らを楽しませる。芹沢カモメは優等生面して時間も守れないような奴だ、と。ウンザリだ。


「あー! シュン君まーた芹沢さんにちょっかいかけてる!」


「チ! うるせーのが来たな!」


そんな空気を吹き飛ばすように、教室に入ってきたのは同じくクラスメイトの近藤(こんどう)イサミだ。彼女は誰に対しても明るく優しく平等な元気印の可愛い女の子で、葵シュンの幼馴染みでもあるという。男子のクラスの中心的存在が葵シュンならば、女子のクラスの中心的存在は近藤イサミというわけだ。


「もー! 女の子には優しくしなさいっておばさんにいつも言われてるでしょ?」


「女の子には優しいぜ? 俺。おっと、芹沢も『一応』女子だったな!」


「男子みたいな顔してるから、紛らわしいよな!」


葵一派の笑い声に釣られ、教室内に笑い声が起こる。私はいつものことだ、と気にせず彼らの意識が近藤イサミに向いた隙に、ソソクサと教室を出ていった。


「なーにあの態度」


「イサミちゃんに助けてもらったのに、ありがとうも言えないの?」


「やっぱブスは性格もブスなのね」


わざと私に聞こえるように、大声で叩かれる女子たちの陰口も、聞かなかったフリ。大丈夫、小学生の頃はもっと辛かった。『軽く』突き飛ばされたり『わざとじゃないけど』『ちょっと』水をかけられたりといった、直接的な暴力がないだけマシだ。


でも。もしこれから先、高校生になっても大学生になっても、大人になってもこんな風に他人から笑い者にされるだけの惨めな人生が続くのであれば。私は何が楽しくて、こんな得る物のない人生を生きていかなければならないんだろう?


 ☆


放課後、図書委員の当番が終わった私は夕焼けに染まる私立聖(セント)ベジータ学園中等部の門をくぐった。ここ皿田(サラダ)市は東京の端っこに位置する小さな街だが、この聖ベジータ学園の存在は全国的に有名だ。


文武両道をモットーとするこの中高一貫の名門校は、文化部も運動部も毎年多くの全国大会で優勝するような凄い学校らしい。そんな凄い学校なら、バカげたイジメもないだろう、と、入学前は思っていたのだが。


むしろ色んな学校でクラスのカースト頂点にいた奴らが集まって、そいつらだけでまたカーストが形成されていくせいで、むしろピリピリ・ギスギスした嫌な空気が学園中に充満している。とはいえ、大半の生徒たちは楽しそうに青春を謳歌しているようだった。私のような、一部の生徒を踏み台にして。


そんな皿田市では最近、妙な噂が流れていた。『変な怪物を見た……ような気がする』とか、『知らない女の子たちが怪物と戦ってた……ような気がする』と主張する人間が急増しているというのだ。


なんでもテレビの特撮番組に登場するような怪物や怪人が現れて、そいつらを可愛い女の子たちがやっつけたのだ、と。無論、バカげた噂だと私は考えている。怪物や変身ヒーローなんて、実在するわけがない。もし本当にいたら、今頃大騒ぎだろう。


SNSでは『集団幻覚』だの『まだ情報未解禁のご当地ヒーロー(ヒロイン?)番組の撮影をたまたま目撃してしまっただけではないのか』だの、中には『新しく始まるご当地ヒーロー番組のステマ』とまで言われ、新手の都市伝説として面白おかしく語り草になっているのだそうだ。


バカバカしい、と私は思う。現実にヒーローなんていない。


「瑞々しい元気とリコピン! フレットマト!」


「瑞々しい知恵と食物繊維! フレッキャベツ!」


「瑞々しい勇気とベータカロテン! フレッキャロット!」


「瑞々しき青春と世界の平和を護るため!」


「今立ち上がった瑞々しき3人の乙女!」


「「「我ら、フレッシュフレッシュ! フレッシュ新鮮組」」」


「摘みたて乙女の怒り、残さず召し上がれ!」


いない……筈だ。


「毎度性懲りもなく現れたわね! 目障りなフレッシュ新鮮組め!」


「メーッタッタッタッタッタ! 電車なんか一本残らず破壊し尽くしてやるでメタ! こんなものがあるから人間は毎日会社に行かなきゃならないんだメタ!」


「そうはさせないわ! みんな行くわよ! リコピン・シュート!」


「グラスファイバー・ソード!」


「カロテン・バリア―!」


では、帰りの電車に乗ろうと徒歩で向かった学園の最寄り駅の前で、電車っぽい形をした大きな怪物相手に赤・緑・オレンジのヒラヒラフリフリの衣装に身を包んで戦う3人の美少女たちは一体なんなのだろう?


私は眼鏡を外し、目を擦った後、また眼鏡をかけ直す。凄い、2階建ての家ぐらいある大きさの怪物相手に、美少女たちが赤や緑やオレンジの光をピカピカ放ちながら、少年漫画みたいにド派手なバトルを繰り広げている。


「オーッホッホッホッホッホ! 無駄よ無駄無駄! このメタボンはただのメタボンじゃない! ドクター・ラードが更なる改造を重ねて造り出した、いわばスーパーメタボン! あんたたちの必殺技はもうスーパーメタボンには通じないわ!」


「その通りだメタ!」


「なんですってえ!?」


「スーパーメタボン!?」


「チ! 悔しいが確かに傷ひとつ付いてねえ!」


「オーッホッホッホッホッホ! だから言ったでしょう! さあ、やっておしまいスーパーメタボン! 今日こそ12体ものメタボン怪人と1200体の戦闘員を倒して12回も我らの崇高なる週休6日作戦を邪魔してくれた、目障りなフレッシュ新鮮組にトドメを刺すのよ!」


「スーパー・メーターボーン!」


いかにも元気溌溂といった感じの赤髪にコスチュームの美少女と、いかにも頭のよさそうな緑髪に緑のコスチュームの美少女と、いかにも気の強そうな姉御肌といったオレンジ髪にオレンジのコスチュームの美少女が、電車の着ぐるみみたいな巨大な怪物の衝撃波攻撃で吹き飛ばされ。


その後ろにいる、なんだか悪そうな黒いコスチュームに身を包んだ綺麗なおばさんが高笑いしている姿はなんだか酷く現実離れしていて。


「み、みんなー!」


「このままじゃやられちゃうだろベジ!」


ましてカブのような見た目の白くて丸い妖精っぽい何かと、大根のような見た目の白くて細長くて妖精っぽい何かが、電信柱の影からそんな戦いを見守っているとなれば、いよいよ自分は幻覚を見ているのではないかと疑ってしまう。


あ、とそこで気付いた。もしこれが何かの撮影などであれば、自分が道のド真ん中に突っ立っているのはよろしくないのではないか、と。カメラや撮影クルーの姿などは周囲には見当たらないが、ひょっとして多くから撮影しているのかもしれない。


普段は混雑している駅前広場が無人なのもスタッフによる人払いがなされているのだと考えれば納得できる。もしそうなら、私独りだけがこんなところにボケっと突っ立っていたら撮影の邪魔になるかもしれない、と現実逃避気味に引き返そうとして。


「え!? 皆さん! あそこに人がいますわ!」


「アレは……芹沢さん!?」


「なんだと!? おいスズナ! スズシロ! ボウルドームの中には一般人は入ってこれない筈じゃなかったのかよ!」


彼女らに見付かってしまった。


「うえ!? スズナは知らないベジ! 普通の人間はボウルドームの中に入るどころかその存在を認識することもできない筈だベジ!」


「あり得ないだろベジ! て、ことはだ! 彼女はもしかして!」


「あ、すみません。すぐに退散しますので」


撮影の邪魔しちゃってごめんなさい、と慌てて逃げ出す私。なんとかアドリブで乗り切ろうとしている彼女たちの一生懸命な演技を見ていると、少し申し訳ない気持ちになる。まあ、アレだ。そこら辺は編集でカットしてもらえば大丈夫だろう。というか、撮影で封鎖するなら立て看板なりなんなりを道にちゃんと出しておいてほしい。


「みんな見て! 紫のベジストーンが!」


「輝き始めた!? わたくしの時と同じ!」


「てことはまさか! アイツが4人目の!?」


距離があるため彼女たちが何を喋っているのかまでは聞き取れなかったが、後ろの方から猛烈に輝く紫の光が発せられているのは確かなので、私は慌てて近くの曲がり角に飛び込む。


「……ふう」


「オーッホッホッホッホッホ! 逃がさないわよ小娘!」


「わー!?」


だが、一息吐くなりその曲がり角がいきなり粉砕された。民家の塀やカーブミラーが粉砕され、砕け散った瓦礫や鏡の破片が周囲に降り注ぐ。私は呆然とそれを見上げることしかできなかった。だって、撮影用のハリボテの作りものじゃ、ない!?


「冗談じゃないわ! 3匹でも鬱陶しいフレッシュ・新鮮組が4匹に増えるだなんて! スーパーメタボン! コイツが変身する前にやっつけておしまい!」


「言われるまでもないメタ! くらえ! スーパー・メーターボーン!」


「わああああ⁉」


目の前には電車の着ぐるみのような、でも2階建ての家ぐらいある大きさの怪物。そんな怪物の肩に座って、愕然とする私をニヤニヤと意地悪く見下ろす、悪の女幹部風のコスチュームを着た美人のおばさん。


わけが分からない。でも、後ろに転んだ拍子に打ってしまった尻と手の平の痛みは本物だ。散乱している鏡の破片で切ってしまったのだろうか。指から血が滲んでいる。


「芹沢さん!」


「ダメ! 逃げてー!」


「バカ! ボケっとしてないでさっさと逃げろー!」


振り上げられる怪物の拳は着ぐるみめいてはいても巨大で重たげで、あまりの驚きに腰も抜けてしまった。私はここで死ぬのだろうか、とぼんやり考える。あの大きな拳で叩き潰されて、プチっとトマトみたいに潰されて死んじゃうのだろうか。それはとても痛くて、苦しそうで、でも。


コレから先、ブスだブスだと一生寄って集ってイジメられるような人生が続くのなら。この先もなんの夢も希望もない、惨めな人生が待っているのだとしたら。むしろここで終わってしまってもいいんじゃないだろうか。だって、私はなんのために生きてるのか分からない。なんのために生まれてきたのかも分からない、ただのブス。


もし他人の鬱憤晴らしのサンドバッグになるためにお前は醜く生まれてきたんだよ、と神様が言うのなら。そんな人生、願い下げだ。


「芹沢さあああん!」


周囲の光景がスローモーションに感じられる。コレが走馬灯なのだろうか。脳裏に浮かぶのは両親の顔。私は両親のことが好きだった。どうして、どうして、と内心恨んだりしていた頃もあったけど、それでも結局、優しくて家族想いのお父さんとお母さんが大好きで、学校でイジメられてるだなんて知られたくなくて、必死に隠し通して家ではなんでもないフリをしていた。


私がお父さん似なせいでイジメられていると知ったら、きっとお父さんは悲しむだろう。お母さんだって悲しむだろう。そんなのは嫌だ。お父さんのせいでごめんな、可愛く産んであげられなくてごめんね、などと大好きなふたりに泣かれてしまったら、それこそ私はもうこれ以上生きていることに耐えきれないだろうから。


親不孝な娘でごめんなさい。先立つ不孝をお許しください。ああ、でも。美人のお母さんからこんな顔の娘が産まれてきたことが、最初からきっと何かの間違いだったのだと思う。もし弟か妹を作るのなら、今度はもっと可愛い子が産まれてくるといいね、と。私はどこか他人事のように、目を瞑って迫り来る死を待った。


「何っ!?」


「スーパー・メーターボーン!?」


その時である。目を瞑っていても感じる程の強烈な紫の光が、私の前に飛び込んできた。何が起きているのか。恐る恐る目を開ければ、目も眩む程の凄まじい紫の光を放つ、紫色の宝石が宙に浮かんでいるではないか。


野菜のナスの形をした紫色の宝石から発せられる強い光を前に、怪物は気圧されて手出しできないらしい。美人のおばさんも驚きに目を見開いて、呆然と黒い口紅が塗られた口を半開きにしている。


「君ー! そのベジストーンを取るんだベジー!」


「フレッナースに変身するだろベジ―!」


変身。いやいやまさか、本当に? てか、フレッナースってなんだ。ナスならフレッエッグプラントじゃないのか。オヤジギャグか。


混乱しながらも私は、恐る恐る、躊躇いがちにその宝石に手を伸ばす。


でも。


『カモメちゃんはジェラシアン怪人の役ね!』


『私もプリチーソルジャー役がいい!』


『ダーメ! カモメちゃんは可愛くないから、プリチーソルジャーにはなれないんだよ!』


「私可愛くなくないもん!」


まだ自分がブスであることを知らなかった幼稚園児の頃。テレビの変身アニメのヒロインに憧れ、そんな憧れを粉々に打ち砕かれた苦い記憶が蘇る。私を助けてくれるヒーローなんて、どこにもいなかった。


『うーわ、見ろよコイツ! ブスのくせにピンクのフリフリワンピースなんか着てやがるぜ!』


『ブスが可愛い服着たって無駄なんだよ! うげー気持ちわりー! オエー!』


耳に焼き付いて離れない、今でも鮮明に思い出せるあの日の記憶。今まで惨めに生きてきた中でも、特別情けなかったあの日のこと。泣きたいぐらい恥ずかしくて、悔しくて、反論したくて、でもできなくて。


可愛い子が泣けばみんな心配してくれるけど、ブスが泣いてももっと笑い者になるだけだから、と唇を噛んで、私はじっと俯いて耐えた。母があの日のために用意してくれた可愛らしいピンクのワンピースの布地を掴んで、カーっと熱くなった目から涙がこぼれないように懸命に堪えたあの瞬間、魂に刻まれた一生モノの屈辱(トラウマ)。


「……無理!」


「ちょ!?」


「え?」


「は!?」


「「ベジー!?」」


想像する。遠くから驚きと期待に満ちた表情でこちらを見つめる3人の美少女。彼女たちが着ている、ヒラヒラフリフリの可愛らしい夢のようなコスチューム。その紫色の奴を着た私。髪の毛が紫色になった私。それなのに、顔だけはそのまま、お父さん譲りのゴリラ顔!


「変身とか、絶対無理! だって私、ブスだもん!」


「芹沢さん!」


一度は掴みかけた宝石から手を引っ込め、床に落とした鞄をひったくるように拾ってそのまま走り去る私。宝石は依然としてとても綺麗な紫色の光を放ったまま、責めるように後ろから私を照らしている。


違う、違う! お前は間違ってる! 間違ってるんだ!


「逃げ……た? の、かしら?」


「そうっぽいメタ……」


そう、私は逃げた。だって逃げるしかないじゃないか。変身。大嫌いな自分から、変われたかもしれない一生に一度の大チャンスを手放して。私は逃げて、逃げて、逃げ続けた。眦から涙がボロボロこぼれて、さぞ無様な顔になっていることだろう。


だって無理。絶対無理。どう考えても無理。あんな格好できるわけがない。あの3人だっておかしいとは思わないのだろうか。こんなブス女が仲間だなんて、絶対何かの間違いに決まってる! 嫌だ。あの可愛い女の子たちの中に混ざりたくない。絶対愛くもん。あきらかに異物でしかないもん。


気付けば周囲には人通りが戻っており、通行人たちが泣きながら全力疾走するブス女に驚いて道を空ける。何アレー、キモーイと嘲笑されるのが聞こえた。そうだ、私なんかが変身したって、絶対そういう反応されるに決まっている。いつだってそれが『正常な反応』なんだから。


「……ハア、ハア!」


走り疲れて立ち止まる。普段運動なんかしないから、体力だってない。心臓がバックバクで、走り続けた足がジンジン痛む。ここは一体どこだろう。顔を上げると、どこかのコンビニの駐車場の近くだった。喉渇いた、と店内で飲み物と買おうとして、入り口の自動ドアのガラスに自分の顔が映る。


ひっどい顔。ひっどいブス。おまけに汗だくで、涙でグシャグシャになって見れたもんじゃない。制服の袖口で涙を拭う。泣くな、泣くな泣くな。泣いてもお前なんか誰も助けても慰めてもくれないぞって、もう十分すぎる程に知ってるだろう?


「いらっしゃいま、せー……」


ほら、店員さんも一瞬言葉に詰まってる。ごめんなさいね、こんな顔で。営業妨害ですよね。迷惑ですよね。生きててごめんなさいね、本当に。


ああ、やっぱ逃げ出して正解だったのだ。だって、だって。


ブスの私が美少女戦隊の追加メンバーに選ばれるわけがない。




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