王様のスープ

横山佳美

王様のスープ

 僕は、コノ島の『はみ出し者』になってしまった。

コノ島のルール、風習、文化、価値観が全てだと思っていた。

しかし、あの日から、僕はコノ島の暮らしに違和感しか持てなくなっていた。


 コノ島は小さい。

1日あれば大人の足で島を一周する事なんて容易なことだ。

しかし、島をぐるっと優雅に散歩するなんて無駄な道は存在しない。

小さな島にある全ての建物が計算尽くされたパズルのように、

完全にピタりとハマり、1297人の人々が重なり合うように、

ひしめき合いながら暮らしているからだ。

隙間風さえも通さない、雑草さえも息苦しくなる程に全てが滞っている。

僕たちは、空白の場、空白の時間が怖い。

空白に入り込んでくる、新しい変化が何よりも怖いのだ。


 僕はコノ島の『はみ出し者』だ。

住人が1分1秒の無駄な時間を惜しむように働いている中、

もう働く気すら起きない僕は、人ひとり通るのがやっとの

狭い道を人々から逃げるように、島の北側にある吊り橋までやってきてしまった。

誰にも使われない古びた吊り橋の向こう側には『アノ島』がある。

アノ島はコノ島の100倍以上の土地面積があり、

二つの島の国王と213人の島人が気楽な生活をしていると聞いている。


吊り橋の柱に貼り紙が貼られていることに気がついた。

ー『明日の王様のスープ祭り開催に際し、アノ城の清掃の手伝い求む。』ー

「行ってはいけない。」という思考を吊り橋の向こうへ置き去りにして、

体だけが前へ前へとアノ島を目指して勝手に動いていた。


 1年前の『王様のスープ祭り』に初めて参加した日から、

僕の中には、初めてピッタリとハマらないパズルが現れ、僕を支配しようとしている。

あの日、生まれて初めてアノ島を見た。

そこには、無駄としか思えない広大な土地があり、無駄としか思えない時間が流れていた。

しかし、アノ島の住人の表情は柔らかく豊かさで満ち溢れていのだ。

それは、コノ島で育った僕に違和感を与え、

今まで感じたことがなかったコノ島に対する違和感を生んだ。

変化を恐れ、変化を起こさぬように育ってきた僕は、

この新しい感情をどう処理して良いのかわからなかった。

違和感を払拭することもできず、受け入れることもできず、

僕はあの日からコノ島の住人らしくなくなってしまった。


 アノ城に着くと早々に、執事から窓拭きの仕事を頼まれた。

コノ島では、嫌イヤしていた窓拭きは、

なぜかアノ城では楽しくて、夢中になって磨いていると、

背後から声をかけられた。

「明日のスープ祭りには参加するのかい?」

後ろを振り返ると、あの王様が立っていた。

どのスープにも美味しいと絶対に言わず、優勝者さえ決めない

自分勝手で気難しく、繊細で、怒りっぽいとコノ島で噂の王様だ。

「はい…」と僕は恐る恐る答えた。

「君が城に来てくれたってことは、君自身に余白を作り出したんだ。

変化を受け入れられる準備ができたという事だよ。

僕は君のような存在をずっと待っていたんだ。

君はコノ島へ新しい風を吹かせるパイオニアになるのだ!

変化が何よりも嫌いなコノ島の住民たちは、変化を持ち込んだ君の事を傷つけ嫌うだろう。

今まで作り上げたものを壊される不安と、

変化を受け入れられない不安な気持ちを君にぶつけてくるだろう。

しかし、住人が不安を込めて発した心ない言葉を、君は受け取る必要はないのだ。

君にしてもらいたいのは、君の背中で僕のメッセージを伝える事だけ。

君には十分な余裕がある。大丈夫。君ならできるさ。」


僕は、驚きと戸惑いで声の出し方を忘れてしまった。

「…は、はい。やらせてください。何をしたらいいのでしょうか?」と王様に尋ねた。

帰りの吊り橋で、王様の話をコノ島の住人にどう伝えるべきなのか思考を巡らせた。

なぜなら、王様がコノ島の住人に伝えて欲しいと言った事は、既にみんなが知っている事だったから。


「『王様のスープ祭り』で決められていることは、

日程とスープを僕に届けるという二つだけ。それだけなんだ。

優勝者がいない事実をもう一度見つめ直して欲しい。

そして、無駄のないスープを作り、無駄なく王に届けた者が明日の優勝者だ。」


結局、僕は伝え方を見出せなかった。

とりあえず王様の言葉を紙に書き、僕の背中に貼って島中を歩いてみることにした。

忙しい住民たちは、「こんなことは誰でも知っている事だ!」「邪魔だ!」と

いつもと違う日常が明日に迫っているストレスで、いつも以上に怒り狂い、

紙を僕から引き剥がし豪快に破って捨てた。

傷ついた僕は、早急に家に戻り明日の準備を始める事にした。

でも、明日のスープを作り始めるに、

未だに正解がわからない王様の話を一晩かけて僕なりに読み解くべきだと思った。


 午前6時、僕はこの島を一望できる高台で、答え合わせの時を待っていた。

『王様のスープ祭り』の開始を知らせる花火が静まりかえった島に響く。

一斉に玄関の扉を開け、狭い道に飛び出した住人たちの手には、

同じ大きさの器になみなみと注がれた濁りが一切ない熱々のコンソメスープ。

風の音さえもない静寂だった島が怒号で震え上がっている。


「ぶつかるな!」「熱いスープをかけるな!」「遅い!スープが冷める!」

「早くしろ!」「どけ!」

器の際の際まで注いだ熱々のスープを運ぶ、余白が嫌いな住民は、

不安からくる疲れ、緊張と怒りが住民の器から溢れ出していた。

僕には、結果が既に見えていた。

去年、僕がアノ島に辿り着いた時に器を見て愕然とした事を思い出したのだ。

住民に揉まれ、気づいた時には器は空っぽだった。

同じ理由で、誰も王様にスープを届けられていないのだ。だから、優勝者がいなかったのだ。予想した通り、住民はガッカリと疲れ切った表情で島に戻ってきた。

僕は全ての住民が戻ってくる時を見計らい、家に戻りスープを準備した。

暗闇の静まり帰った島に、『ギーッ』と古いドアが開く音が響いた。

一歩外へ出ると、隣の住民が玄関先から僕にこう言った。

「もう祭りは終わりだ!何をやっているんだ!」

その声を聞いた隣の住人も玄関先から僕のスープを見てこう言った。

「王様が好きなスープは熱々のコンソメスープだけだ!そんなの持っていても無駄だ!」

僕は、王様と直接話たことで、コノ島の住人が勝手に作り上げた固定概念が事実と全く異なる王様像を作り出し、作り上げていた王様像は、余裕がなく変化を恐れ、決めつけしかできない僕たち自身であることに気がついた。

だから、固定概念を捨て、新しい全てを受け入れる気持ちで、

素直に王様の言葉に耳を傾け謎解きした結果がこれなのだ。


『住民との無駄な争いをさける為、ひと気のない、祭りの夜に、

無駄なストレスを省いた、冷めても平気なじゃがいもの冷製スープを

揺れる吊り橋を歩いても、こぼれる心配のいらない器の半分の量まで入れ、

時間、心、器に余白と余裕を持って行く事。』


吊り橋を渡り始めても、住民からの心ないヤジは僕の耳には届いているし、

僕にだって、これが正しいのかどうかなんてわからない。

だけど、進みたい。進むしかない。僕の心は、城に灯った明るい光に一直線だ。

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