第2話 忘れられない人っています?




 「先輩って彼女いるんですか?」と僕の隣に座った藤木が尋ねてきた。

 矢継ぎ早に「あ、ただの雑談ですよ、気があるんじゃないかって勘違いしないでくださいね」と付け加えてきた。

 「その余計な一言がなければかわいいのにな」

 「かわいいと思ってるんですね!」

 「余計な一言がなければっていったよな。勘違いするなよ」

 「なんか私の真似してますよね」



 高校のときの親友が結婚した。もちろん新郎をお祝いするために参加に丸をつけたが、久しぶりに高校の同級生たちに会えるのも楽しみにしていた。だが、参加者のほとんどが大学や職場関係の人達でアウェイだった。

 高校の同級生も何人かいるにはいたが、明日仕事があるからと言って二次会には参加しなかった。

新郎たちは常に大勢の人に囲まれていて、「結構おめでとう!」と言って乾杯しただけだった。

 新婦の友人として参加していた、高校のときの後輩である藤木咲優と久しぶり再開できたのは人見知りの僕には救いだった。

彼女は高校の頃からかわいいと評判だった。廊下等ですれ違う度に「お疲れ様です!」と挨拶されるだけで「いいなー、俺も剣道部に入れば良かった」と同級生たちから羨ましがられるので気分が良かった。

数年後にあった彼女はドレス姿ということもあり、一瞬誰だかわからなかった。だが、「先輩、久しぶりですね!」と言って笑った顔は高校生の頃と変わらない幼さが残っていて、あの頃の顔と現在の顔をすんでのところで結び付けることができた。


結婚式の披露宴で帰るつもりだったが、藤木に「えー、二次会行きましょうよ、全然先輩と話せてないし」と言われたため、その言葉を真に受けて二次会へ行く人たちのあとをノコノコと付いてきてしまった。

 当の本人は別のグループと仲良く話していたため、僕は取り残されていた。


 社会の荒波に揉まれたからか、学生の頃よりはいくらかコミュニケーション能力は向上しており初対面の人とも当たり障りのない会話はできるようになった。

 だが会話は盛り上がることはなく、隅でスマホを弄る時間のほうが圧倒的に多かった。


 コツコツという足音が近づいてきたため、スマホから音のする方へ視線を向けると、藤木がコップを2つ手に持って僕の横に座った。

「楽しめてます?」と言って、片方のコップを僕に渡してきた。

 「おー、梅昆布茶!ちょうど飲みたかったんだよね」と言って藤木からコップを受け取り一口飲んだ。

 「先輩好きって言ってましたもんね!」

 「言ったっけ?よく覚えてたな。酔い疲れた体に染みるわ」

 「合宿の帰りかなんかでみんなでファミレスに寄ったときに先輩梅昆布茶飲んでて、うわージジイだって引きました」と言って藤木は笑った。

 「確かに老けすぎだな」と僕もつられて笑った。


 「いないよ」と僕は先程の質問に回答した。

 「うん、何がですか?」と言って首を傾げた。どうやらピンときていないらしい。

 「彼女がいるか聞いてきたやん。興味ないなら聞くなよ」    

 「あー、聞きましたね。忘れてました」

 ただの雑談ですよーと言いながら僕の肩を叩いた。そういうさりげないポディタッチとか慣れてるなーとぼんやりした頭で思った。

 「そっちはどうなの?」

 「え、狙ってるんですか?」

 「ただの雑談だよ」とすかさず返す。

 「私のことはいいじゃないですか」と言って藤木は梅昆布茶を一口飲んだ。

 人の事は聞いてくる癖に自分のことはあまり話したがらないみたいだ。

 「先輩って、忘れられない人っています?」

 話変えやがったなと思ったが黙っておいた。

 忘れられない人と言われて、佐久良逢里のことがすぐに浮かんできた。4年間もあった大学生活で絡んだのはたったの数ヶ月間だけだったが、その数ヶ月は僕にとってかけがえのない時間だった。

 「なんでだろうね。もちろん付き合ってた子のことも忘れられないんだけど、真っ先に浮かぶのは片思いだった子なんだよね」

 藤木は「んー」と言いながら右斜め上を見上げた。

 「完結してないからじゃないですか?漫画とかドラマって次どうなるんだろうって気になりますよね。もし告白してたらどうなってたんだろう、とか妄想が膨らむから残るんじゃないですかね」と腕を組みながら答える。

 確かに漫画やドラマとかいいところで終わると、この次どういう展開になるんだろうと妄想しながら来週を待ってしまう。


 「なんか反応してくださいよ。一人で語ってて恥ずかしいじゃないですか」と言って僕の背中を叩いた。

 「いや、説得力あるなーと思って。師匠って呼んでもいいか」

 藤木が茶化さずに真面目に答えてくれたことが嬉しかった。だが、それを素直に表現出来ずに自分が茶化してしまった。

 「珍しく真面目に答えたのに、茶化さないでくださいよ」と言い、わざと口を尖らせる。計算だとわかってはいるが、ドキッとする。男が好きなこと理解してんなー。さすが師匠。


 「どんな子だったんですか」とニヤニヤした顔で聞いてくる。

 えっと、と考えていると、「咲優ちゃん一緒に歌おうよ」と集団で騒いでいたうちの一人が声をかけていた。

 「すみません、めんどくさいけどちょっと行ってきますね」と両手で手を合わせて言った。

 「気にせず行ってこいよ」と言って送り出した。

 手持ち無沙汰になった僕は再びスマホをいじりながらそろそろ帰ろうかなと思った。飲みかけの梅昆布茶はもうすっかり冷めていた。

 冷めた梅昆布茶を飲み干し、帰る前に一言だけでも挨拶しとこうと新郎、新婦がいる席に向かった。

 予想通り大勢の人に囲まれており、話しかけられそうになかった。

 偶然新婦と目線が合ったため軽く会釈をした。新婦も会釈をした後横にいた新郎を小突いた。

 新郎はおぉというようなリアクションで僕に向かって右手を上げ、人混みを掻き分けて僕の元に来た。

 「せっかく来てもらったのにあまり話せなくて悪いな」

 「気にするなよ、幸せそうでなりよりだよ」

 新婦も人混みを掻き分けて新郎の横に立ち「今日はありがとうございました」と言って頭を下げた。

 「いやいや、お2人ともお幸せに」と言って僕も頭を下げた。

 新郎は右手を差し出して、「ありがとうな、幸せになるよ」と言った。

 「ゆっくりしたら食事でも行こうよ」と定番の社交辞令を述べて握手に応じた。

 使い勝手が良いため、別れ際でついつい言ってしまう。そのあと実際に食事に行った人は2割にも満たないはずだ。多分、今回も食事に行くことはないだろう。


 会計をしていると、「えー、先輩もう帰るんですか。まだ話したいことたくさんあったのに」と藤木が文句を言っていた。

 「明日早いからさ。また今度ゆっくり話そっか」と言って僕は藤木に手を振った。

 「社交辞令じゃないですよね?約束ですよ、絶対ですよ」

  僕は見透かされてる気がして、少しギクッとした。反射のように口から社交辞令が出てしまうだけで、中には本当にまた会いたいなと思う人はいる。

 僕は彼女の目を見て「ちゃんと連絡するね」と言った。

 「先輩から連絡なかったら私からするから大丈夫ですよ」

 「俺信頼されてないな」と言って笑った。

 「念には念を、ですよ。今度会った時話の続き聞かせてくださいね」

 「あー、忘れられない人のことね。そんな期待されても面白い話はできんよ」

 「面白い話は世の中に溢れているから間に合ってます。私は血の通った生々しい話を聞きたいんですよ」

 「なんかよりハードル上がった気がするけど… じゃあまた連絡するわ」

 「期待してます!!じゃあまた」と言って咲優は手を振った。

 僕も手を振って店を出た。バタンという音を立ててドアが閉まった。ドアが閉まる前の僅かな隙間で彼女を捉えたが、まだ僕に向かって手を振っていた。


 南国とは言われているが、10月の夜は肌寒い。昼間は汗が出るくらい暑いため寒暖差に堪えてしまう。

 腕を摩りながら歩く。自販機を発見したため温かい飲み物を買おうとしたが、ボタンが全部青色だった。温かい飲み物1つくらい用意しとけよ!と心の中で毒突く。

 コンビニで100円のホットコーヒーを購入し、タクシーを捕まえるために大通りに向かって歩いた。



 


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君がいない世界は、ちょっとだけ物足りない。 ネズミ @samouraiagent

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