二日目 ♤ーK

 教室を授業が問題なく行える状況にまで片づけ、学校を出るころには時計の針は五時を回っていた。一部のクラスメイトは打ち上げと称してこれから集まると聞いていたが参加する気はなかった。

 昇降口で刀麻を待っていると

「里音ちゃんまたね」と、後ろから声をかけられた。だいやだ。

「ああ、また」

 小さく手を振り返してだいやを見送る。じゃあまたと答える彼女は何故だろう、どこか緊張しているようにも見えた。

 そのまま校門の方へと歩いていくだいやを眺めていると、同時に体育館の方から愛川が昇降口に向かってくる姿が見えた。

 愛川はわたしに気づくと、

「剣さん。今日はありがとう。何のお礼もできなくてすまない」

「気にしないでください。オレがやりたくてやったことですから」

 そう答えると、愛川はこちらに軽く会釈をしてから、校舎へと向かっていった。

 その様子を横目でうかがっていると、身をひそめて視界から去ろうとしている男の存在に気づいた。

「おい」

 わたしの声に対し、気まずそうに立ち止まった男は、四葉だった。

「お前はどっちの四葉だ」

「……成の方だ」

 しぶしぶといった様子で、成はこちらを振り返った。

「礼をいおうと思ってな」

「いや、ほんとすみません。少しふざけたかったというかなんというか」

 成は何を勘違いしているのか、早口でまくし立てた。

「……違う。オレがいいたいのは舞台の件だよ。盾屋から聞いた」

「何だ。その件か」

 わたしの答えに成は、急激に態度を崩した。

「礼をいうなら咲にいってやってくれ。俺はあくまでも咲の手伝いをしただけだ」

 ぶっきらぼうに答える成。こう見ると、弟との違いはあからさまだった。

「いいだろ。だいや達に協力したいと思ったのは、お前の意思なんだろ。礼をするには十分な理由だと思ったんだが」

 ありがとなというと、成はあっけにとられたように、幾度かまばたきをした。

 話はそれだけだと伝えると、四葉成は、わたしに軽く手を振って、足取り軽く、昇降口を去った。

 

 それから、ほどなくして背後からわたしの名を呼ぶ声があった。

「おまたせ、剣」

「遅い」

 思い返してみれば似たようなやり取りを昨日の朝にしたような気もする。そう考えると文化祭も長いようであっという間だった。

「これあげるよ。さっき北見さんから貰った」

 星型のシールで封がなされ、透明の包みに入っているそれは家庭科部が販売していた生チョコレートだった。

 一日目に、北見から情報を聞いた時から買おうとは思っていたのだが、中々のその機会がなかったのだ。

「この二日間、ほとんど遊んでいる暇はなかったし、そのお詫びということで」

「お前が事件解決を引き受けたせいだろうが」

 口では文句をいいつつありがたく受け取る。

「その割には、剣だって乗り気だったじゃないか」

「まあな」

 早速チョコレートを一粒つまむ。口の中にカカオの風味が広がった。

「オレだって珠之宝賀のファンだからな。舞台が中止になるのは勘弁してほしかったんだ」

「じゃあ、今回の舞台はどうだった?」

「面白かったよ」

 努めて冷静に感想を告げると、刀麻は満足そうに笑みを浮かべた。

「じゃあ、そろそろ行こうか。だいぶ暗くなってきたし」

 刀麻の言葉にうなずいて帰路につく。空を見上げれば夕焼けの色が薄まりつつあった。

 駅に到着し、ホームで電車を待っているところで、刀麻が口を開いた。

「四葉くんに協力した理由は何だったの?」

「――気になるか?それ」

 ひどくどうでもよい質問に思え、適当に答えようとしたところで、刀麻の様子に引っかかる。

 その姿がどうにも平静を取り繕っているように見えたからだ。この調子ではおためごかしをしたところで、何の得にもならないだろう。

 理由を説明するために、少しだけ考える。

「お前ばっかに頼ってられないなと思って」

「――それはぼくが頼りないから、かな」

 わたしの言葉に目を伏せる刀麻を見て、どうしてそうなるという言葉を飲み込む。こいつはいつも飄々としている癖して、どこか打たれ弱いところがあるのだ。今回も事件の解決にうまくいかないところがあって後悔しているのだろう。

 こうなってしまっては仕方がない。あまりこういうのは柄ではないと思いつつ、咳ばらいをしてからわたしはいう。

「……トーマもこれから受験や執筆で忙しくなるだろ。夏休みの時点でそうだったんだ。ともなれば、いつまでもオレに付き合わせるわけにはいかない」

「そうはいっても、別にぼくはやりたくてやってるんだから」

「トーマはそうかもしれないけどな。オレのせいで珠之宝賀先生が原稿落としたなんて話になったら洒落にならない。だから」

 一度、言葉を区切って、刀麻の横顔をうかがいながら続ける。

 まったく想いを口にするのは何時だって照れくさいものなのだ。

「今回は一人でやってみようと思ったんだ。それがオレなりにできる補永刀麻と対等で居続ける方法だと思ったから」

 わたしの言葉に刀麻は小さく「そっか」とうなずく。その表情は、舞台の感想を告げた時よりもよっぽど嬉しそうにも見えた。

「……つっても、今回は失敗したんだがな」

 わたしが苦笑すると刀麻もつられて笑った。

「それは、まあお互いさまだよ」

 察するに刀麻はわたしの知らないところでひそかに動いていたのだろう。きっとわたしが知らず知らずのうちにおかしていたミスを補うために。

 多少は労うために、たまには話を聞いてやることにしようと決意したところで、アナウンスが流れて電車がホームに停車し、ドアが開く。

 未熟なわたしたちは、どちらともなく、並んで一歩を踏み出した。




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文化祭カルテット 新森恵 @gu-gu-

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