第44話 鳥谷陽菜の過去②私は、『陰キャ』じゃない。
人気というものは、上がるまでは血の滲むような努力をして、それでやっと、ちょっとずつ作り上げられるという感覚があった。それなのに、人気というものは、相対的で、落ちる時は一瞬にして落ちるものだと実感した。
転機となったのは、今まで眼中になかった笠原太一が、大阪の甲子園常連校から推薦を得たというニュースだ。
野球に詳しくない私でさえも知っているほどの超有名校。そこに入れば、プロ野球選手の道はほぼ確実とも言われている。そこから推薦が出るというニュースの爆発力は、とんでもないものだった。
特に、2年生になって、私は笠原太一と同じクラスになっていた。その影響力を人気を直視しなければならなかったのだ。きっと私は顔を引き攣らせていたに違いない。
いつも通り遅めに登校してきた笠原太一を、クラスメイトが囲む。
「太一、サインしてくれよー!」
「まだ、そんなの考えてないよ」
「じゃあ、私考えてあげるー」
今まで私の周りを囲んでいた人たちが、今は笠原太一の周りを囲んでいる。
なんで。
キャーキャーと教室が騒々しい。うるさい。
なんでこうなった。
私は何も悪いことはしてない。
何も失敗してない。
むしろ他の人より頑張ってきた。
なのに。
なのに、私はその他大勢の中にいる。
こんなことは許されない。笠原太一、そこにいるのは私じゃないとダメなんだ。
笠原太一は、台風の目だ。台風のように、私の周りに集まってた人たちも目を輝かせて、吸い込まれていく。あのキャーキャーという声は、私には台風で家の外が騒々しいようにしか聞こえない。
うるさい。
私が負けないためには、あの笠原太一が起こしている台風を飲み込めるくらい大きな台風を起こすしかない。
負けられない、その一心で、私は今まで以上に頑張った。
それでも、勝てなかった。人気者になれなかった。
ピアノで全国大会に入賞しても、笠原太一が表紙に載った雑誌が、図書館前に並べられた。私も雑誌の取材を受けても、笠原太一が夕方のニュース番組でインタビューされ、その部分が切り抜かれた動画が学校中で拡散された。誰も私の活躍する姿を噂しない。
全校集会で校長先生が私に表彰状を渡しても、拍手が聞こえない。
笠原太一への拍手だけが聞こえる。
何一つ勝てなかった。
その頃には、ピアノの練習にほぼ全ての時間を割いていたため、仲良くしていた友達ともほぼ疎遠になっていた。
気づいた時には、陽キャどころか、私には何もなくなっていた。
私は、何のために生きているのか、何のために頑張っているのか。今の私に存在意義はあるのか。
私は嫌な未来が見えた。このまま、1人ぼっちで卒業する。卒業アルバムの寄せ書きに、誰も書いて欲しいと言ってきてくれない。卒業したら、誰も私がいたことを覚えていない。そんな未来。
これを俗に『陰キャ』と呼ぶのではないのか。私が最も嫌いな存在。客観的に見れば、私は陰キャと呼ばれても仕方ないのではないか。
そんなことを考えた時、背筋がゾッとした。嫌だ。絶対に嫌だ。
何としても避ける。陰キャは避けなければならない。
でも、どうやっても笠原太一に勝てない。どうすればいいのか。
そんな時、小学生の時に考えていたことをふと思い出した。
『彼氏とは、私を測るステータスの一つである。』
笠原太一と付き合えば、私の人気も上がる。背に腹は変えられない。
私から誰かに告白するというのは初めてのことだった。計画は放課後、手芸部の部室へ呼び出して、そこで告白するというものだ。手芸部の部室は、今は部員がおらず空き教室になっており、告白に使う名所のような場所になっていた。
この計画を立てた時から、笠原太一と仲良くなるように、話をするようにしている。
笠原太一がモテているのは、側から見ていても明らかだった。しかし、私は比較的スペックが高いと自負している。成功する未来は十分に見えていた。あとはタイミングにさえ気を使えばいいはずだった。
私は狙ったタイミングに計画通り手紙を渡した。しかし、結果は叶わなかった。いや、違う。笠原太一は、部室まで来なかった。
教室に西陽が差し込んでいたのが、何時までだっただろう。外には雪がちらついている。最終下校時刻をとっくに超えていて、見回りの先生が来て学校から追い出された。
待っている間に、笠原太一が来ないことは何となく分かった。ただ、その場を動けなかったのは、この現実を受け止められなかったからだ。
私も告白を無視したことはある。あるからこそ、笠原太一を恨むことはできない。だが、告白を無視する気持ちが分かるのだ。笠原太一からすれば、私の告白は断ることにも値しないということだ。普通告白を無視すれば、酷い人だとレッテルを貼られかねない。特に、無視した相手が陽キャである場合は、その情報はすぐに学校で広まるし、敵を作りかねない。
それなのに、笠原太一は私を無視した。
つまり、私は陽キャではないということか。
沸々と胃のあたりが熱くなるのを感じる。
つまり、私は陰キャということ、なのか。
怒りだ。今の私の感情を表すとしたら、怒りしかない。
私は、陰キャじゃない。
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