第43話 鳥谷陽菜の過去①邪魔者
私は、輪の中心に居たい。そう思うようになったのは、小学校5年の時だ。
幼稚園の頃から、親に勧められたピアノのコンクールで金賞を取れたことがきっかけだ。
私が通っていた地元の公立小学校で有名人になるには、コンクールで金賞を取ることで十分だった。全校集会で名前を呼ばれ、校長先生から表彰状を授与される。それだけで、私はクラスの中心に躍り出た。
特に、クラス対抗の合唱コンクールでは、クラスの中で伴奏者を募る。その時は、みんなが私に“お願い”をしてくれる。
休み時間に隣のクラスに行くと、私の話をしてくれている。
「1組に、陽菜ちゃんいるのずるいよねー」
「優勝確定じゃんねー」
直接話したことのないクラスメイトが、私のことを他のクラスに自慢してくれている。
「ウチには、鳥谷がいるからなー」
「あの伴奏があれば、歌うのも本気になれるってもんよ」
そして、私のクラスが優勝した時には、クラスメイトから感謝され、他のクラスから妬まれた。
「本当にありがとう! 鳥谷さんの伴奏のおかげだよ」
「来年は陽菜ちゃんと同じクラスになりますように!」
私はたまらなく嬉しかった。廊下を歩けば、誰かが私の話をしている。私がこの学校の中心にいて、みんなが私のことを認知していることに心が躍ったし、ワクワクした。
今までピアノは、親が言うからやっているものでしかなかった。しかし、この金賞を取ったことによって、ピアノとは、私を学校の人気者にしてくれるものに変わったのだ。ピアノを頑張れば、私はより人気者になれる、そう考えると今まで億劫だった練習も頑張れた。
そうして私はピアノと人気取りにのめり込んでいった。
その成果は順調に現れた。翌年には、全国大会に参加し、3位入賞を果たした。
また、学校が湧いた。私で。
この頃には、音楽科のある私立中学から推薦の打診が来るようになった。
親はこれを喜んでくれたが、私はこれを受けなかった。
親には今の友達と離れたくないし、今まで通り練習すれば大丈夫と説得したが、本心は違う。だって、音楽科なんて行ったら、みんなピアノが上手いし、もちろん自分より上手い人がいる。そうなると、私をチヤホヤしてくれなくなることが分かっているからだ。
この推薦の話が来た時に、私の中で優先順位が明確になった。
私はピアノを弾くことは嫌ではないし、楽しいと思ったことはある。だが、私の中での最優先は人気者になることなのだ。クラスの、学校の中心にいるために、ピアノを弾いていたのだと、その時はっきり分かった。
この頃に、『陽キャ』という言葉を知った。人付き合いが良く、活発なキャラクターのことを『陽キャ』というらしい。そして、『陽キャ』と呼ばれる人はみんな、クラスや学校の中心にいて、周りから慕われた人気者だと知った。私は『陽キャ』になりたいと思った。
6年生になっても、私の評価は上々だった。この頃には、お化粧やおしゃれを覚えるようになり、ピアノだけでなく、より陽キャになるために自分を磨くようになった。楕円型で厚ぼったい眼鏡をやめてコンタクトにし、邪魔になるからと縛り付けていた髪を下ろした。
ピアノは1番の自分の武器だと自覚していたから、興味はあったが、ネイルだけはしなかった。
その効果もあってか、よく男子から放課後呼び出されるようになった。よく話すクラスメイトから、全く話したこともない別学年の子まで。
彼氏と呼ばれる存在は、途切れることはなかったと思う。
私が彼氏に求めるものは単純で、私の評価を下げることがないかである。付き合った後に、彼氏のことをよく思わない人が一定数いることが分かった時には、適当に理由をつけて別れていた。
私にとって、彼氏という存在の位置付けは明確だった。彼氏とは、私を測るステータスの一つである。そう考えていた。
そう考えていた私でさえも、湧水のように彼氏という存在になりたいと立候補してくる人は現れた。きっと、世の中には私のような考えを持つ人間も一定数いるのだと、この時に察し、この考えを改めることも、そのきっかけも無かったのだ。
予定通り、私は家から一番近い公立中学校に進学し、そこで初めて笠原太一のことを知った。
「3組にすごい人がいるらしいぞ」
入学してすぐの4月、私の元に噂が舞い込んできた。
「すごいってどんな?」
私はたまらず聞き返す。私の噂は立っているのだろうか。もしかして、私を差し置いて噂が出ているのだろうか。もしそうだったとしたら、許せない。
「野球で取材とか受けたことあるらしくて、プロが注目してるらしいよ」
は? 新聞の取材とかこっちも何度も受けたことあるんですけど。そう私は内心で毒づく。
「へー。それはすごいね。なんて言う名前?」
「確か、笠原? だったかな。」
私は平常心で聞く。情報収集は大事だ。
それから、大急ぎで学生名簿を探す。笠原、1年3組。あった。
笠原、太一。
私は負けられない。私を差し置いて、すでに人気者になろうとしているこの男に。
私は対抗心を燃やし、より一層ピアノの練習と自分磨きにのめり込んだ。
だが、私の対抗心は熱を帯び、成果を残す前に、笠原太一の人気も薄まってきていた。どうやら、笠原太一は中学の野球部に所属せず、学外のリトルリーグというチームに所属しており、いわば学校から見れば帰宅部のようなものだった。その凄さも、野球について詳しくないといまいちピンと来ないことが、笠原太一の流れを止めていたようだ。
逆に私の噂が徐々に学年に浸透し始めていた。
それに拍車をかけたのが、中学1年でコンクールの全国大会参加だ。中学でも、全校集会で表彰され、私の名前が学校中に広まる。クラスメイトから、言われる賞賛の言葉や先生から聞く褒めの言葉も聞き慣れたものだった。それでも嬉しい。
また、小学校の時のように私の人気が目に見えて上がるのを実感した。
この快感は、中毒的だ。この瞬間こそ、私は生きている実感が得られる。だから私はまた、頑張れるのだ。
だが、我が世の春がいつまでも続かないというのは、私でも同じだった。
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