第45話 鳥谷陽菜の過去③過ちと制裁


 中学2年の冬休み。私は担任の先生に相談した。嘘の相談だ。ただ、初めから全ては話さない。初めは匂わせる程度。そう、先生に心配される程度だ。


 「先生、相談したいことがあるんです。」

 担任の先生は、まだ若くて、親身になって聞いてくれた。


 「でも、すみません。まだ心の整理が出来ていなくて。」

 先生はずっと待ってくれた。

 「もちろんだ。進路選択の時期でもあるからな。考えることが多いし、気持ちの整理は大事だ。いつでも、先生を頼ってくれていいんだぞ。」


 私は、先生の温かさに触れて涙が溢れた。という程で。

 それから数ヶ月かけて、ゆっくり、そうゆっくりと先生に、事態は重大であることを刷り込んでいく。それは、進路選択など誰もが悩むようなものではないと。


 「今まで黙っていてごめんなさい。」

 中学3年5月、私は親を連れて先生の元を訪ねていた。泣きながら謝る。この謝罪は、手間をかける先生へと、これから大変なことになるであろう笠原太一、いや丸山太一へのものだった。


 先生は完全に私のことを信じていた。一応、手ぶらは良くないと思い、私が嫌がるところだけをスマホで録音した証拠らしきものを持参した。冷静に考えれば、こんなものは何の証拠にもならない。丸山太一の声は録音されていないし、その場に彼がいたという証拠はどこにもない。それでも、先生は信じるのだ。


 また、ヒステリックな親じゃなかったことも助かった。丸山太一の家に怒鳴り込みにいくことも十分考えられたが、未遂に終わったし、私は大丈夫と言ったら、すんなり折れてくれた。


 この情報は、どこからともなく広まった。あっという間だった。

 そして、一瞬にして、学校のヒーローの居場所は無くなった。


 後日、丸山太一の推薦が取り消しになったことを聞いた。その頃には、丸山太一の座席は空席になっていた。


 「当然の制裁よ。陽菜は何も気にすることないんだからね。」

 母は言った。

 私はその返事をしたか覚えていない。

 取り返しのつかないことをした。それだけは分かる。

 私は、プロ野球選手丸山太一を殺したのだ。人殺しだ。


 私は遠く離れた場所へ行きたかった。知り合いのいない場所。

 誰も私のことを知らない場所に行けば、全てリセットされて、許されると思った。

 それが、今の高校を選んだ理由だ。


 だが、高校入学初日クラスに入ってみると、丸山太一がいた。

 全く予想してなかった。そんなことはあり得ないはずだ。それなのに、私は驚きよりも、やっぱりという気持ちになった。


 やっぱり、神様は許してくれなかったのだ。

 その時から、この日は来ると思っていた。


 昨日、入部テストで丸山太一が合格するところを見届けた。また、私から全て奪うのかと怖くなった。私は、中学の担任の先生の名前を使って、松葉先生宛にメールを飛ばした。


 丸山太一君の件について。

 嘘のメールだとバレバレで杜撰な計画だ。これでは松葉先生は信じないだろう。もっとやりようはいくらでもあったと思う。それでも、こんなしょうもない嫌がらせのような計画をしたのは、私は自白して心から謝罪したいと思っていたのかもしれない。溜まりに溜まった罪悪感を吐き出したかったのかもしれない。そう思っていても、自分がやったとバレるまでは、自分から吐き出せない。自白できない。なんて身勝手なのだろう。


 本当に最低だ。


 陽菜の足取りは重くはない。スタスタと丸山太一たちがいる場所へ足を進める。

 そこで全て吐き出す。やっと終わる。

 この後、私はどうなるのだろう。許してもらえるなんて思っていない。どんな罰も受ける覚悟はできているつもりだ。死刑囚が、死刑執行前に教誨室で全てを明らかにする気持ちがほんの少し分かった気がする。

 陽菜は階段を登り、丸山太一たちがいる場所にたどり着いた。長いようで短かった。

 「ねぇ、笠原くん? 全部知ってるんでしょ?」

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