第38話 佐々木
太一の話を聞いた時、震えたのを覚えている。その震えを隠すには、これ以上職員室前に留まるわけにはいかなかった。
今思えば、一緒に教室まで帰るのが自然だったと思う。それでも、早く1人になりたかった。こんな感情は久しぶりだ。
そう思えるほど、オレにとって、笠原太一という選手は特別ということだろう。
オレと太一が最初で最後試合したのは、小学校6年の時、リトルリーグで県大会の決勝だった。
オレが決勝まで進出できたのは、決してオレが天才だったわけでも、死ぬほど努力したわけでもなく、チームメイトに恵まれたからだった。オレが打たれても、チャンスで打って勝つチームだった。
だからこそ、オレは攻めず、安定してミスのない投球が売りの投手だった。
昔からそうだ。オレは変に挑戦すると失敗してしまう。いつもより少し高いお菓子を買ってみた時も、思ったような味じゃなくて後悔した。自分の成績では難しいような学習塾も背伸びして入ってみたら、むしろ勉強が嫌になった。少し人より野球が上手いからと地元の有名なリトルリーグに入ると、全然周りについていけず、すぐに辞めてしまった。
ずっとそうだった。それから、自分の身の丈にあったリトルリーグに入り直したら、エースになれたし、チームメイトにも恵まれた。
そんなオレとは対照的だったのが、笠原太一だ。
その頃、笠原太一は小学生ながらちょっとした有名人になっていて、同世代に怪物がいると話題になっていた。オレから見た太一は、周りの意見なんて聞かず、自分の力だけを信じる選手だった。羨ましかった。妬ましかった。その才能があればと何度願ったことか。その自信があればと何度欲したことか。
そんなスター選手と決勝戦で対決が決まった。それがオレの人生の転機となった。
そんな人と、また今日、同じ高校の試合でもなんでもないタイミングで勝負しようとしている。次に試合できるのは、甲子園だと思っていたのに。
「今日はよろしくお願いします!」
運動着姿の男がマウンドに言って挨拶をしている。
グラウンドには、野球部を初め、入部テストという前代未聞のイベントを聞きつけた生徒が集まっていた。
「佐々木クン頑張ってー」
黄色い声援が聞こえてくるが、オレに反応する余裕はない。ヘルメットを被り、バッドを持って、打席へ向かう。普段の試合とは違う緊張感がある。
3年生のキャッチャーがマウンドに向かい、打ち合わせを行なっている。
確か、太一の球種は、ストレートとスライダー、カーブ。肩慣らしの投球を見ていると、決め球のストレートの急速は落ちていない。ブランクはあるものの体格は大きくなっているからだろう。逆に、変化球は練習を繰り返ししていないと、いざという時ちゃんと決まるのか自信が持てない球種でもある。
もっとも、太一の配球は読みやすい。変化球を織り交ぜて2ストライクまで取るが、最後はストレートで決めるのがいつもの決まった配球だった。しかし、その決まった配球であっても、何人もの打者が打てず倒れていった。直接聞いたことはないが、太一は最後自身の決め球であるストレートで三振を取ることに強いこだわりを持っているのだろう。
オレはあの時打てなかったストレートを打つ。何度も脳内でシミュレートして、打席に立った。
一球目。外角に決まるスライダー。ギリギリのところに入り、ストライク。キレは悪いが、コントロールが良い。次だ。
二球目。内角に入るカーブ。これは狙っていた球ではないが、甘く入り振り抜く。打球は右へ大きく曲がってファール。ストレートにタイミングを合わせていたため、早くなってしまった。スライダー、カーブときた。やはり、ストレートで決めるか。
三球目。
太一は一度首を振り、投球フォームを始めた。ブランクはあっても、幼少期に叩き込まれたフォームはそう廃れるものではないのだと分かる。一つの乱れもない。同じピッチャーとしては、少し妬けるが、負けるわけにはいかない。
この投球内容、ピッチャーとしての安定感を見ていると、オレが打とうが先生は、太一の入部を認めるだろう。チームで一番本気で甲子園を目指しているのは松葉先生だ。優秀な選手は喉から手が出るほど欲しい。それでも、オレは太一の入部とは関係なく、この勝負に勝って、あの頃のオレを超えたことを証明したい。
太一の腕が振り抜かれる。オレはストレートに合わせて、体重を移動させ、バットを振り始める。
なっ。
オレのバットは、空を切った。
カーブだった。ストレートではなかった。
おおお!
グラウンドの周りには、先ほどよりも多くの生徒が集まり人だかりが出来ていた。その歓声と拍手が、太一の入部を祝っているようだった。
客観的には、太一はうまくやったのだろう。ストレート待ちだったオレを利用し、カーブで三振を取る。試合なら上出来だ。
だが、オレは残念だよ。それはマウンドでまだ険しい顔をしている太一も同じなんじゃないか。
ーーーー
久しぶりのマウンド。マウンドから見る景色。両耳から聞こえてくる歓声。そして、何十人という人が俺の投球に注目している。この感覚は、胸を踊らせ、手を振るわせて、視界を狭める。
集中しろ。せっかく佐々木と瀬戸さんが作ってくれたチャンスなんだ。絶対にモノにしなければならない。
投球中は無心で投げた。
気づいた時には、歓声が聞こえてきて、見ていた観客の数も増えていた。
どうやら三振に取れたみたいだ。
「おめでとう。丸山の入部を認める。明日から練習に参加してもらうから、練習用のユニフォームを準備しておくように。」
松葉先生が、合格を宣言した。
この感情をどこへ持っていけばいいのか。俺はこの嬉しい感情をどう表現すれば良いの分からなかった。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
とりあえず、太一は声を出してこの気持ちを発散した。
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