第4章 再スタート
第37話 始動
瀬戸さんとの朝練は続いていた。いつものようにランニングをして、各自バスケのシュート練習、バッティングの素振りなどの時間を取る。最近は瀬戸さんとキャッチボールをする時もある。瀬戸さんはスポーツにおいても才能を開花させ、普通にキャッチボールができるようになっていた。
「そういえば、野球部に入部する方法は考えついた?」
瀬戸さんは慣れたフォームでボールを投げ返してくる。
太一は、首を振ってボールを投げ返す。
「松葉先生に言ってみたんだけど、やっぱり途中入部は認めていないって」
うちの野球部は、なかなか成績は出ていないにせよ、本気で甲子園を目指しているチームだ。やる気のあるやつなら初めから入部しているし、部員が増えるとその分一人当たりの練習量も減ってしまうから、途中入部を認める意味があまりないのだ。
「やっぱり難しいよね。それで考えてみたんだけど、誰かに推薦してもらうってのはどう? 例えば、佐々木くんとか!」
瀬戸さんは自慢げに言って、提案とボールを投げ返してくる。
今までの太一なら断っていた。だって、佐々木に仮を作るのは癪だし、頼むのも気まずい。喉まで出てきていた「でも」という言葉を飲み込む。太一は自分に言い聞かせた、「もう立ち止まるな」と。
「分かった。今日学校で頼んでみるよ」
太一はふわりとしたボールを投げ返す。
瀬戸さんは、顔の前でボールを受け取り、驚いた顔を覗かせた。
「なんか、変わったね、太一くん。」
「え?」
「いや、何でもなーい!」
瀬戸さんは、少し速い急速で返投した。
昼休み。授業が終わり、ざわめき始める。購買へ急ぐ人、昼食を一緒に食べる友達を確保するため、友達の元へ急いで行く人。太一は、佐々木が座る席を視界にとらえる。もう既に何人かが集まってきている。運良くそこには野球部は集まっていないようだ。
足がすくむ。行け、行けと太一は自分の足に指令を出すもうまく動かない。
怖い。あそこに入るのが怖い。
やはり、今日じゃなくても。
逃げるな。
もう一度先生に頼んでみればどうにかなるかも。
逃げるな!
足に動けと指令を出すと同時に、逃げてもいいと囁く自分がいる。
俺はまだ変われていない。まだ、何も始まっていない。
その時、背中を押された気がした。
後ろを振り向くと、瀬戸さんが友達と走り去っていくのが見えた。
あぁ、また背中を押してくれた。
その時、情けない自分と1人じゃない温かさを感じた。
変わるなら、今だ。
太一は、固まっていた足を動かして、佐々木の机まで自分を運ぶ。
「ごめん、佐々木。今ちょっとだけ時間ある?」
太一は佐々木に野球部に入りたいこと、これまで野球をしていたこと、先生に断られて、推薦をお願いしたいことを話した。佐々木は、茶化すことなく真剣に話を聞いてくれた。
馬鹿にされるのではないかと心配していた自分が憎らしい。
話を聞き終わった佐々木は腕組みをして、考え込み始めた。
やはり、厳しいお願いだったか。
「んんー、やっぱりかぁ!」
佐々木は力強く太一の肩を掴んだ。
「へ?」
「いやぁ、どこかで見たことあるなと思ってたんだよ! オレのこと覚えてるか? 実はオレたち会うの初めてじゃないぜ」
「え、嘘……」
太一は、てっきりマイナスな感情をぶつけられると身構えていたが、真逆の反応をされたた。しかも、佐々木は太一のことを知っていたというのだ。
「ごめん、いつだっけ?」
「いやー覚えてないよなぁ。そりゃそうだよ。だって、あの時、お前は天下取ったような感じビンビンに出てたからよ!」
太一は、佐々木は自分に対してもこんな笑顔を向けてくれるのだと少し感動していた。
「もちろん、いいぜ。戦力が増えることに何のデメリットもないからな!」
「ほんとうにありがとう!」
太一は、佐々木に頭を下げる。感謝とこれまでの謝罪も込めて。
太一は職員室で、松葉先生を呼んだ。
こういうのは早い方がいいと言われたので、佐々木に了承を得てその足で来た。
「先生、オレからの推薦付きってことでどうですか。太一は、多少のブランクはあるかもしれないけど、足手纏いになるような選手じゃありません。オレからもお願いします。」
松葉先生が職員室から、廊下に出てくるなり、佐々木は捲し立てて頭を下げた。太一も負けないように、頭を下げる。
「またお前か、丸山。」
松葉先生は、ため息を漏らしながら言った。
太一は、さらに深く頭を下げる。断られることが怖いのではない。ここまでしてくれた佐々木の期待に応えたい一心だった。
「丸山太一は、笠原太一です。先生。」
佐々木が、ポツリと言った。
その言葉で風向きが変わったのが分かった。
先生はしばらく何も言わなかった。それでも、これはいけると確信できた。
「はぁ。じゃあ、入部テストを行う。」
太一は、頭を上げる。何だって良い。希望が見えたのだ。
「丸山はピッチャーだな。打者は佐々木、お前がやれ。勝負は一打席。抑えられたら入部を認める。1週間後にグラウンドに来い。」
「ありがとうございます!」
廊下に声が響き渡った。こんなに大きな声を出したのは、久しぶりだ。それでも抑えられなかった。
やっと、日が差した気がした。太一の道はずっと途絶えていた。暗闇で立ち止まっていたところに、一筋の光が差し込んで、道が見えてきた気がした。
「いい声出るじゃん」
いち早く頭を上げていた佐々木は笑顔で肩を叩く。
「本当にありがとう」
太一は、佐々木にも頭を下げた。
「よしてくれよ。言っとくけどオレは負ける気ないよ。こうなったら、あの時の仮は返すぜ。」
「いつだっけ?」
「はは。思い出させてやるよ」
そう言って、佐々木は教室まで走って行った。
太一は、佐々木の後ろ姿に向かって、もう一度頭を下げた。
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