第34話 丸山太一の過去③ 逆境


 父が亡くなってからは、野球の熱が冷めるかと思いきや、さらに野球の練習をするようになったし、必死さも増した。


 母子家庭になったことで、甲子園出場校に進学するには、学費免除の推薦枠に選ばれる必要があったからだ。それに、父が死んだことについて、メディアは取り上げることはなく、それに子供ながら怒り、熱闘甲子園で、今度は父親の、笠原雄平の夢を叶えるという感動エピソードを話そうと決めていたので、俄然やる気に満ちていた。


 その練習の成果もあって、中学1、2年生の時は、文字通り無双した。1年生の時は、2番手のピッチャーだったが、レフトを守ってスタメンフル出場が当たり前になっていたし、2年生からはエースとしてチームの柱になっていた。


 このチームに『笠原太一』がいれば勝てるし、安泰だとチームメイトも監督も、そして俺自身も思っていた。


 2年生エースとして、他チームに名前が覚えられ始めた頃には、北海道、東北、東京、神奈川、大阪の甲子園常連校のスカウトが顔合わせに来てくれるようになった。どこも聞いたことのある超有名校ばかりだった。


 練習終わりには日替わりで有名校のスカウトが、俺のことを見て声をかけてくれた。何とも言えない高揚感と自分への自信が、父の死というポッカリと空いた心の隙間に流れ込んで、満たされていくのを感じた。

 自分の人生は成功への道が一本引かれていて、その道をただひたすら走ればいいと思っていた。


 この頃の俺は、はっきり言って調子に乗っていたし、自覚もあったと思う。それでも直さなかったのは、誰も俺を止めなかったし、強気の発言に対しても結果がついてきたからだ。


 そして、中学2年の秋に、練習終わりに家に帰ると、第一志望で考えていた大阪にある甲子園常連校のスカウトマンが家に来て母と話をしていた。

 「お邪魔しているよ、太一くん。まだ高校入学まで少し先だが、君を正式に我が校へ招きたいと考えて、君を口説きに来た。」


一流企業の営業マンを思わせるきっちりしたスーツ姿をしたスカウトマンから言われた言葉だ。今でも一言一句覚えている。太一は推薦を取り付けた。プロ野球選手も多数輩出しており、野球に詳しくない人でも聞いたことのあるほどの名門校。そして父の母校。俺も母も泣いて喜んだ。父の時代と違って今や選手層が熱く、推薦がないと入部すらできないほどの強豪校となっていたが、ずっと父の母校で甲子園に行きたいと考えていたから、その夢が叶ったのだ。


 こういう話題はなぜか広まるのが早い。翌日教室に入るなり、クラスメイトが集まってくる。

 「太一、サインしてくれよー!」

 「まだ、そんなの考えてないよ」

 「じゃあ、私考えてあげるー」


 ヒソヒソとプロ野球選手の年収の話題も上がっていることに気づいた。誰が何を言って、何を言われたかは一々覚えていないが、クラスメイトの反応は、太一の夢が叶ったことを実感するには十分だった。


 今まで女子から告白されることはなかったのに、一気に3人から校舎裏に呼び出されるということも経験した。一気にモテ始めて、モテ期を堪能していた。

他にも放課後、手芸部の部室に来てほしいというラブレターももらった。その手紙は今でも思い入れがあって、忘れないように大事に保管してある。


ーーーー


 「今日は快勝でしたね。優勝候補と噂されていますが、自信のほどはいかがですか?」


 リトルリーグ中学大会の3回戦で圧勝し、球場外でカメラマンと記者に囲まれて、取材を受けていた。


 「そうですね。まずは目の前の試合に集中して、最終的には優勝できればと思っています。」


 俺は、どこかで聞いたことのある様な模範解答と、記者のつまらなそうな「なるほどー」という回答のテンプレなやりとりを繰り返す。


 太一は推薦を得てから何度か取材を申し込まれるようになった。初めは緊張していたが、今では堂々と回答できる様になっていた。取材も数回経験すると、みんな同じ様なことを質問してくるため、自分なりの回答を作成して同じ様なことを繰り返すだけで退屈だなと感じていた。次は高校での抱負を聞かれるかなと考えていると、「では最後になりますが」と記者は前置きして、マイクを俺から話して自分の口に寄せて質問した。


 「笠原くんは、お父さんを早くに亡くされているとお伺いしましたが、お父さんはどんな野球選手になってほしいか言っていましたか?」

 俺は戸惑った。初めて父のことを質問されたからだ。


 「父は……」

 俺は父から言われていたことを回想していた。



 俺は昔、一度父に尋ねたことがあった。


 「父さんは、高校でもっと大切に育てられたら今頃プロ野球選手だったかもしれないじゃん。それは悔しくないの? 自分の夢をみんなに潰されたようなものじゃない?」


 父は、「お前もだいぶ野球に詳しくなったな。確かに今では考えられないことかもしれないな」と笑って俺の頭をワシャワシャしながら言った。そして、「でもな」と続けた。

 「父さんはな。それでも悔しく無いし、夢は叶えられなくなったけど後悔はないぞ。」


 俺は黙って聞いていた。

 「ピッチャーっていうのはな、すごいんだ。なんでかって、そりゃ、チームで一番信頼されてないといけないからな。ピッチャーはな、自分が投げる一球でチームが負けるかもしれないし、勝つかもしれない。自分の手にチームの命運がかかっている。それが高校野球ならなおさらだな。9人、いや、野球はグラウンドに出ている奴らだけじゃない。チーム全員の3年間がかかっているんだ。それだけ、チームから一番信頼された奴、1人だけがマウンドに立てる。」


 ニカッと笑った父の顔は今でも覚えている。俺はそれまで父がピッチャーをしていたから、なんとなくピッチャーを目指していたが、父の話を聞いて初めて自分の中でピッチャーをしたい理由が見つかった。そして、俺は父と約束したことを鮮明に覚えている。


「だからお前も、野球が上手いだけじゃなく、みんなから信頼されて、チームを勝たせて、みんなからお前を信頼してよかったと思ってもらえるような投手になるんだぞ。」


 俺は、父の回答は妙に納得感を覚え、俺がピッチャーとしてプロ野球選手を目指すことに何の違和感もなかった。


 「父と同じように、チームメイトからも応援してくれる人からも信頼される選手になりたいです。父と話して、そう思う様になりました。」


 俺は記者の質問に回答すると同時に、今一度自分に言い聞かせた。成果を残して信頼される人間になると。


 中学3年生に上がる直前、母は再婚し、俺の名前は丸山太一に変わった。


 父の姓のまま夢を叶えたかった気持ちはあるが、今までずっと応援してきてくれた母を止めるのは気が引けた。


 そして、新しい父は雫を連れてきて、俺に妹ができた。

 その時の出来事といえば、雫も野球を始めたことだ。


 よくキャッチボールをしながら話した。今までのこと、家族のこと、新しいお母さんのこと。雫は今の俺たちとの家族に満足していて、父の離婚は正解だったと小学生ながら話していた。


 父が死んですっかりおとなしくなっていた母も、生きる元気を取り戻した様子で、俺だけじゃなく、家族も順風満帆な日々を過ごしていたんだ。

 この時までは。

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