第33話 丸山太一の過去② 転機
今思えば、人生の転機となったのは、この時だった。今でも鮮明に覚えている。天気は快晴で、いつも通りリトルで練習をしていた。これからバッティング練習をするという時だった。監督から呼び出され、病院に連れて行くからすぐに準備をしろと言われたのだ。
俺が病院に着いた時には、もうすでにいろんなことが終わっていた。
医者や看護師の姿はもう病室からなくなっており、病室で唯一残されていた母親は、父のベッドにうつ伏せになって泣き崩れていた。
父の顔には白い布が覆い被さっていて、布の膨らみからして、人の顔の形はしていないのが分かった。トラックに轢かれそうになった少年をかばって轢かれたそうだ。
急すぎる展開だった。
目に見える状況から、何が起きたのか、今の状況を頭では理解できる。しかし、それと同時に、どこか分からないところから、理解するなと分からなくていいと大きな真っ黒な波が押し寄せてきて、理解を妨げる。
大きな波にさらわれて、太平洋の真ん中で自分を彷徨っている感覚だ。
一気に感情とか、理性とか、考えていたこととか、脳のリソースが全て持っていかれて、何も考えられなくなる。
自分はなんでここにいるのか。ここはどこか。なんで野球なんてやっているのか。一生懸命何のために練習しているのか。自分とは一体誰か。
気がつくと、母親が俺を抱きしめて、病室の外のソファに座っていた。
窓の外は真っ暗で、病院の薄暗い蛍光灯だけが光っている。
母親が強く抱きしめて、俺の名前を呼んでくれる。名前以外のことは言わない。ただ、名前を呼んで、ここに生きていることを確認しているかのように強く、また強く抱きしめる。
「太一、太一。太一……太一…………」
母親の温もりを感じていると、俺は黒い波にさらわれた感情が今度は押し寄せてきた。
怒り。辛さ。悲しみ。痛み。悔しさ。
空っぽになっていた脳にも、一気に理解していたはずの状況が流れ込んでくる。
――父親の死。
太一は、声にならない悲鳴を母の胸に叩きつけた。
また、強く抱きしめられた。
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