第31話 カッコ悪いし、ダサいし、キモい
ダンボールを押し入れにしまい込んで、リビングのテーブルまで戻ってきた太一は、楓に次の目標の提案をしていた。
「司法試験を目指すなら、法学部がいいよね。それなら……」
太一くんは自分の過去へ話題を持っていかないように、話を逸らしていることは明らかだった。楓は太一くんの目を見るが、目を合わせようとしない。
自分の過去を話すことの抵抗があるというのは分かる。楓もこんな話をして太一に嫌われたり、面倒臭いことに巻き込まれたと思われたら嫌だなという考えも頭をよぎった。
そして、太一くんが過去のことを話したがらないのは、きっと過去に何か嫌なことがあったからだ。
それでも太一くんはバカじゃない。頭では分かっている。今のままじゃダメなんだって。
その気持ちも分かる。素直な自分の気持ちに向き合うと、これまでの嘘のつけを払わないといけなくなる。あの時、こうしておけば良かった。今まで何をしていたんだろうって後悔することになる。こうして自分についた嘘は、誰にも言い訳ができないし、誰も慰めてくれない。だから、自分の本当の気持ちなんて知りたくない。知らない方がいいとも思える。
でもきっと、追い求めていた答えはそこにあるんだ。それは2人とも分かっているんだ。それでも、太一くんは前に進めないでいる。その気持ちは痛いほど分かる。楓だからこそ分かる。
分かってはいても、楓は前に進むべきだと思っている。体を元に戻すとかは結果論だ。楓は太一くんのおかげで、本当の自分の夢を思い出すことができた。これからの人生に意味を見出すことができた気がした。“自分の人生”が動き出した気がした!
だから、太一くんも前に進まないといけない。今まで一緒に頑張ってきたんだから、自分だけ逃げるわけにはいかない。
太一くんを変えることが出来るのは、今だ。今しかない。
楓は、もうすっかり慣れた大きな手で、太一くんの白く綺麗で小さな手を握った。
握った手は、本当は自分の手なはずなのに、すごく小さく感じる。そして、少しだけ震えていたように感じた。
「逃げないで!」
楓は、腹の底から声を出すつもりだったが、腹の底から出たのはため息まじりの掠れた声だった。
それでも、楓は自分の出した声に意識を向けてはいない。
「太一くんが極度に人間関係を広げないようにしているのとか、みんなを避けているところとかって、その野球とか関係あるんじゃないの? 私あんまり太一くんみたいなタイプの子と話したことないけど、太一くんみたいに機転が利いたり、意外と友達思いだったり、悪いと思ったらすぐ謝ったり出来る人が友達いないわけないもん!」
楓は太一の顔色を伺う間もなく、捲し立てる。
「ねぇ知ってる? 太一くんが自分と同じだって見下していたクラスの鈴木くん。彼ね、本がただ好きなだけじゃなくて、将来は小説家になりたくて、今も毎日家に帰って小説書いてるんだって! もう直ぐコンテストに応募するって言ってたよ。」
楓は、太一くんが目を見開いて驚いた表情をしたのを横目に続けた。
「太一くんさ、自分のことインキャ、インキャ、インキャってよく言ってるけど、『陰キャ』か『陽キャ』かを気にしてる人って、結局それ以外に打ち込むことがないからなんだと思ったよ。それって、本当にカッコ悪いし、超ダサいし、キモいと思うし、太一くんは運動もできるし、コミュニケーションも私以上にできるところもある分、勿体無いし何やってんだよって感じ!」
楓は、自分が思っている感情の全てをぶつけた。途中から言いすぎている自覚はあった。でも、ここで言いたいことを言わないときっと後悔すると思ったから、脳を経由せずに脊髄から出てくる言葉をそのまま発した。止まらなかった。
楓は太一くんの顔を見るのが怖かった。怒ってはいないか、悲しんではいないか、嫌われてはいないか。
それでも、太一くんは、「うん」と軽く頷いた。
楓は、その反応に少し驚いたが、最後に伝えたいことを伝える。
「私は過去と向き合って、新しい『瀬戸楓』を見つけられた。いや、本当の自分になれた気がするの! ここまで来られたのはきっと、太一くんと入れ替われたからだと思う。だから、今度は太一くんの番だよ……!」
楓は片手に握っていた太一くんの手を両手で持ち直して、力強く握る。
目からは堪えきれなくなった涙がポロポロと落ちていた。太一くんの体で泣くのは初めてのことだ。
涙と荒れた息遣いが静まるまで待って、息を整える。今度はちゃんと太一くんの目を見て言いたかったからだ。
「今度は、私が責任取るから!」
そう言って、楓は満面の笑みを浮かべた。
きっと、本来の瀬戸楓の体で顔面で今の笑みを浮かべたなら、もっと可愛くて、綺麗で、整っていて、メッセージ性もあったのだろう。
それでも、今の太一くんの少し不格好で、笑い慣れていない笑顔でも、昔の自分よりも自然で思いっきり笑えた気がした。
この笑顔を見れば、太一くんはきっと、自分の全力の笑顔なんて客観的に見たくはないと、冷たく返してくるだろう。
でも今の楓には、太一くんがどう思うかなんてどうでも良かった。
きっと、体の芯から出てくる笑顔は、周りの目なんて気にしないのだろうから。
「ありがとう。」
太一くんは、少し間を空けて言った。途中鼻を啜ったり、目を擦る仕草をしていたが、覚悟をにじませた返事だった。
「ごめん。俺卑怯だった。体を元に戻すって約束したのに。」
太一くんは、荒れていた息を整えるように胸に手を当てて言った。
「少し長くなるけど、いいか?」
雫ちゃんが来てから初めて、楓と太一くんの目が合った。
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