3−3 丸山太一の過去
第30話 丸山雫
太一は土曜日の部活終わりに瀬戸さんの家から太一の家に向かう。
「指輪が緩くなった」
瀬戸さんから連絡が来た時は、喜びよりも驚きが勝った。なんで今……?
バスケの合宿に参加できた時のものが時間差で来たのか? それとも瀬戸さんの過去の話に何か関係あるのか?
予定より10分前に着いてチャイムを鳴らすと、勢いよくドアが開いて開口一番「遅ーい」と言った。それでも、瀬戸さんは不機嫌ではなく、むしろ上機嫌だった。笑顔で勢いよく右手を太一に向かって突き出してきたのだ。
「どうよ? もうちょっとで抜けそうなんだよ!」
瀬戸さんははめられた指輪をグラグラ上下させて、指輪が取れないか試している。
「本当だね、とりあえず中入ろうか」
――
「でも、たぶんバスケが原因ではないって事だよね?」
瀬戸さんはジュースを用意しながら言った。
どうやら太一と考えは一致しているらしい。
「そうだね。告白イベントの時は翌日の朝に気づいたし、今回は瀬戸さんの両親に話し終わった時だもんね。バスケが終わってからだと時間が経過しすぎていると思うし。」
太一は顎に手を当てて考える人のポーズで言った。
「やっぱり……」
太一が声を出そうとした瞬間に、瀬戸さんが呟いた。
どうやら瀬戸さんと太一の考えは、指輪が緩くなった原因についても一致しているらしい。
「私が将来の夢を変えたことが今回のトリガーになってるんじゃないかな?」
瀬戸さんは続けて言い切った。
確かに、太一にも確信に近いものはある。おそらく指輪が緩くなるきっかけは、太一と瀬戸さんが決めている自分自身の壁を超えた時だと。
安西流騎の公開告白を防いだ時は、太一が『隠キャ』という自分の壁を打ち破る決断をしたことで、成功という結果を出すことができた。瀬戸さんの過去を聞いて、本当の夢を目指す決意ができたのは、瀬戸さんが『昔の約束』という壁を乗り越える決断をしたからだ。
2人の協力をして成果を出したバスケ部で遠征に参加する目標では、確かに2人どちらとも自分の壁を乗り越えることは無かった。
ほぼ、体を元に戻すための努力の方向性は確定としても良さそうだ。
そして、指輪が外れ、体が元に戻るための最後のピースは、1つに絞られる。
「太一くん、諦めている夢とか無いの?」
瀬戸さんは、真剣さの中に確信を滲ませた眼差して太一の顔を凝視する。
やはり来た……。
太一は生唾を飲み込んだ。
「いや、無いよ。」
太一は首を横に振った。
瀬戸さんは疑いの目を向けてくるが、太一は関係なく続けた。
「確かに、流れ的に俺の番みたいな感じだけど、安西先輩の件で1回壁超えてるから。瀬戸さん、他に無いの? 例えば、諦めかけている好きな人とか?」
瀬戸さんはのけぞって少しオーバーな仕草をしてみせた。
「バ、バカ! いるわけないじゃ無い! 何考えてるの、ほんと! 恋愛くらいで自分の壁とか関係ないでしょ!」
瀬戸さんは、太一の反論を言わせる間もなく畳みかけてきた。
「だいたい、順番的に考えて太一くんの……」
ピンポーン
家のチャイムが鳴った。
太一の家のチャイムは基本的に、作戦会議で来る瀬戸さん(太一)と宅配くらいだ。
「何か注文した?」
太一は、話題を変える絶好のチャンスだと思い、瀬戸さんに質問した。
「いや、何も買ってないけど……」
瀬戸さんは玄関へ向かい、ドアを開けた。
ドアを開けた瞬間、元気の良い女の子の声が聞こえてくる。
「やっほー! お兄ちゃん、元気してるー!?」
太一はよく覚えている声が聞こえてきたのだ。
太一は、慌てて玄関へ向かう。
「雫!!」
太一は、自分の妹の名前を叫んだ。
玄関先で大きな段ボールを抱えたツインテールの女の子は、「え?」と言って、部屋の中を見る。
そこには、自分の名前を気安く呼び捨てで呼んできた美少女が立っていた。
は?
自分の目の前には兄である太一が立っている。
しかし、その奥には、自分を気安く呼んできた"女"がいる。
この状況で導き出される自然な解答は、自分のことを気安く呼んできたあの女は、兄の彼女という存在だということだ。
ツインテールの女の子は、白く透き通った肌がさらに白くなり、全身に力が入らなくなっていった。
ドォン!
抱えていた段ボールが地面に吸い寄せられた。
――
「丸山雫です〜! 太一の妹です〜。よろしくどうぞ〜!」
気を取り戻したツインテール少女が部屋にいた謎の美少女に自己紹介をしている。中身は兄だが、瀬戸さんに状況を伝える分にはちょうどいい。
雫の挨拶から、明らかに不機嫌なのが伝わってくる。だが、なぜ不機嫌なのかは太一には検討がついていた。
太一も瀬戸さんの自己紹介をする。瀬戸さんの自己紹介を、自分のようにするのにも慣れたものだ。
太一がしていた瀬戸さんの自己紹介を、つまらなさそうに聞いていた雫は、割り込むように聞いてきた。
「で、お2人は付き合ってるんですか?」
「全然、そんなことないですよ〜。今日はたまたま忘れ物のプリントを渡しに来ただけです。」
太一は平然と答えて、練習した瀬戸さんのとびきりの営業スマイルを見せつけた。
雫は、その笑顔を見て、さらに機嫌が悪くなったように見えた。
「それはそうと、なんで私の名前知ってるんですか? 気軽に呼ばないでもらえますかね!?」
雫は、外見瀬戸さん、中身兄の太一に指差して言った。
「ごめんなさい! 太一くんから妹が可愛いって話を聞いていたので、一度見てみたいと思っていたのでつい……」
瀬戸さん必殺のスマイルに、右手を口に当ててクスッと笑う仕草をつけて言った。
太一は、このコンビネーションを使えば、これ以上責められることはないと経験則で知っていた。
雫はハッとして、「それなら仕方ないかぁ」と納得していた。
おそらく雫からして、瀬戸さんの可愛さは怒りを逆撫ですることにしかならないが、兄が自分のことを可愛いと言ったところが嬉しかったのかもしれない。
「ま、まぁ今日のところは、荷物を持ってくるだけのつもりだったので、次の予定もありますし、帰りますね。あ、そういえば、荷物の中にグローブ入ってるから、また来るからその時にキャッチボールしようね! じゃあまたね、太一!」
雫はそう言って、そそくさと帰ってしまった。
まるで台風が過ぎた後の静けさのような沈黙が部屋を覆う。
「妹いたんだね。でも、私嫌われてそうだね。」
しばしの沈黙を破ったのは瀬戸さんだった。
瀬戸さんは目の前にいる自分自身の体を指さして言った。
「すまんな。本当に嫌いなわけじゃないと思うんだ。俺がつい雫の名前を呼んでしまったから、ややこしくなった。」
太一は軽く頭を下げて謝る。
「そう言えば、グローブって言ってたけど、野球やってたの?」
瀬戸さんはダンボールの蓋を開けようとカッターを手に取って聞いた。
「いいんだよ俺のは。」
太一はそう言って、瀬戸さんが段ボールの蓋を開ける前に、押入れにしまった。
太一は瀬戸さんの表情を見ようとしなかった。
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