3−2 瀬戸楓の過去

第25話 瀬戸楓の過去① 瀬戸嵐

 私とお兄ちゃんは、ずっと優秀な兄弟として有名だった。


 それは、才能があったわけではなく、小さい頃からの英才教育の賜物だと思っている。もし、私の代わりに違う子供が産まれていたとしても、今の私程度には勉強もスポーツも優秀だったと思う。いやもしかしたら、もっと優秀だったかもしれない。


 私からすれば、努力をすることが呼吸をすることに等しい。それは、幼い頃から日常的に努力と言われるものをしてきたからだろう。例えば、私たち兄弟は2歳に塾に通い始めていた。塾に行ってテストでいい点を取れば、両親は喜んだし、おもちゃやゲームも買ってくれた。塾に行くのが嫌だと言えば、塾には行かず、一緒に家で勉強した。


 他にも、水泳やピアノ、習字など一通りのメジャーな習い事は体験した。その中でも私が4歳の時にお父さんが経験していたバスケを初めて兄も私も一番楽しく感じた。お父さんは仕事が忙しく家に居ないことが多かったが、休みの日にもバスケの練習にはよく付き合ってくれたからだ。


 今思えば、親という存在の鏡のような両親だと思う。

 今の私があるのは、たまたま両親が多少教育に関心があり、努力する材料を用意してくれていたお陰だと思う。

 お父さんが京都大学を出て広告業界大手に勤めて、お母さんは青学からテレビ局に勤めていたらしい。2人の馴れ初めは、合コンだそうだ。2人が言うには、出会うべくして出会ったらしい。子供の頃はどう言う意味なのか分からなかったけど、広告業界とテレビ局は蜜月の関係で、よく合コンとかが開かれているらしい。ロマンチックな意味ではなく、いつか開かれる合コンでいずれは出会っていただろうという意味らしい。

 それからお母さんはテレビ局を寿退社し、都内にマンションを買って住んでいた。

 

 そんな恵まれた環境で、何も不自由の無い生活をしていた、私やお兄ちゃんでも才能が無いから、人一倍努力しなければならないと幼いながらも感じていた。なぜなら幼いながら弟の存在が私たちには天才に見えたからだ。

 私が2歳の時に弟の嵐が生まれた。


 お父さんの名前が瀬戸風太という名前だったことから、私たち3人兄弟の名前にはみんな「風」という字が使われている。

 長男、颯(ハヤト)

 長女、楓(カエデ)

 次男、嵐(アラシ)


 お兄ちゃんのハヤトが3歳の時に私が生まれた。私とお兄ちゃんは3歳差。私と弟が2歳差だ。

 嵐は私たちと同じように2歳から塾に通い始めたあたりから、私たちと違うことが分かり始めた。


 私や兄は友達と喧嘩をしたという理由や単に面倒臭いという理由から、塾に行きたくないとよくわがままを言ったが、嵐は勉強が面白く無いという理由で塾に行きたくないと言い始めたのだ。


 もちろん、2歳から勉強よりもゲームの方が楽しいという気持ちなら分かるが、嵐が言っていたのは、塾の勉強内容が簡単すぎてつまらないということらしいのだ。その話を聞いた時の両親の表情は今でも覚えている。少なくとも私たちには見せたことのない顔をしていて、嵐のことをほんの少しだけ羨ましく思った。

 それから嵐はすぐ小学生向けの授業に参加するようになったり、小学校高学年の参考書を買い与えられたりしていた。もちろん、それで私やお兄ちゃんに対する態度が変わるわけではなく、今まで通りの愛情を向けてくれていた。

 

「人間はそれぞれに性格があるでしょ? それと同じように得意不得意があるの。何か自分より得意な人がいたら、その人より自分の方が得意なものを見つければいいのよ。」


 嵐の方が成績が良くて、落ち込んでいた私を励ましたお母さんの言葉だ。お兄ちゃんも嵐に張り合おうと努力していたから、同じようなことをお母さんに言われたのかもしれない。

 それからは、私が嵐に勝てる得意なものを探した。

 嵐も当然のようにバスケを始めたが、これも上手かった。嵐がバスケを始めた3歳は、地域のバスケ教室では当然最年少だったが、2歳も3歳も上の人たちの試合に混ざっていた。これは、同じ年齢の時にバスケを始めたお兄ちゃんも私も考えられなかった。3歳でバスケを始めたと言っても、初めはボール遊びのようなものが普通だ。

 嵐がバスケを始めたあたりからは、私もお兄ちゃんも塾やバスケの練習をサボることも無くなったし、チームメイトの誰よりも努力というものをやるようになった。

 

 嵐の才能に気づいた両親は、私たちが寝静まってからよくリビングで話し込んでいるのを何度か耳にした。夜中の親の会話を聞く時は、なぜか地獄耳になってしまう。いや、もしかしたら私のことを話していて欲しいと願っていたから、聞き逃すまいと思っていたのかもしれない。


 それでも、やはり話題に上がるのは嵐の話だ。

 大学とか海外留学とか当時の私には難しい言葉が出てきて、何の話をしているのか分からなかったけど、両親にとっても嵐にとっても良い話であることは何となく分かる。


 「あの子を失うのは日本の損失だ。俺たちでしっかりと育てよう。」

 もやの中で言葉言葉が浮かび上がるように聞こえていた会話の中で、ワンフレーズだけスピーカーのボリュームをマックスにして流したようにうるさいくらいはっきりと聞こえてきた。


 「あの子」が指しているのは、お兄ちゃんでも私でもないことは疑いたいほど自分でも理解してしまう。いや、両親よりも自分がよくわかっているのかもしれない。嵐は私とは違うことを。

 この時のことは今の自分が天井から、昔の自分を見ているかのようにはっきりと覚えている。


 私は横でスースーと寝息を立てている嵐を睨みつけたんだ。お前がいなければ私がお父さんやお母さんに認められていたかもしれなかったのに、褒められていたかもしれなかったのに。

 自分でも目頭が熱くなっていることが分かっている。横を向けば涙を抑えるものがなくなって、枕に流れ落ちてしまうと思っていた。それでも、横を向いた時に涙は流れなかった。

 私は、涙が流れなかった自分に呆れて、嵐がいるのとは逆の方を向いて眠ったんだ。

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