第24話 作戦会議

 合宿から帰ってきて、次の月曜日に丸山宅で瀬戸さんと作戦会議に向かっていた。

 合宿から帰ってきた翌日ということで、部活がオフ日だったのだ。

 

 模試対決と公開告白を乗り越えて、初めて指輪が緩くなり、体を元に戻すという目標に近づいた。学校のアイドルである瀬戸楓とクラスで友達と言える人がいない陰キャである丸山太一、普通は交わることのない2人が協力して目標を達成することに意味があり、元に戻る方法だと思った。

 しかし、バスケ部で合宿メンバーに参加するために2人で努力しても、結局効果はなかった。これは、2人で協力することが体が元に戻るトリガーになるという仮説が間違っていたことの証明だ。


 今太一の中にある仮説は、目標設定が間違えていたパターンと、そもそも協力して目標達成という方向性が間違えているパターンがあった。


 目標設定が間違えていたパターンの場合は、頑張るものを変えればいいだろう。

 例えば太一の中で、スポーツの努力と勉強の努力はイコールではない。苦手を克服するという意味があるなら、勉強を頑張ることが目標達成のトリガーになるのかもしれない。公開告白を回避したことがトリガーであるなら、例えば次の生徒会長に太一が立候補してみて、応援演説を瀬戸さんにお願いするとかも考えられる。


 しかし、そもそも協力して目標達成という方向性が間違えているパターンの場合は難しい。なぜなら、もう一度なぜ模試対決で指輪が緩くなったのかを再検討する必要があるからだ。つまり振り出しに戻るということだ。エジソン的に言えば、今回の失敗は、うまく行かない方法を学んだと言えるが、常人ならそれほどメンタルは強くない。そんなことを言っていたら、高校3年間などあっという間に終わってしまう。


 とにかく、今の太一が持つ情報では、これ以上答えは出なさそうだ。

 瀬戸兄から聞いた、"昔の約束"の話を聞いてみて、少しでも材料になることを期待するしかない。


 ――


 「いらっしゃーい。」

 瀬戸さんが勢いよくドアを開ける。あらかじめ今日は来ることを伝えていたから、いろいろと準備をしてくれているみたいだ。


 「合宿お疲れ様。また話聞かせて〜」

 瀬戸さんは飲み物やお菓子を用意しながら話した。

 こう見てると付き合って長いカップルみたいだと少し鼓動が速くなる。


 「うん、部活の話もしたいんだけど、とりあえず今日は今後の作戦会議をしたいと思ってね。」

 瀬戸さんが台所から机に飲み物を置くタイミングで太一は答えた。


 「そうだね、今回の合宿で指輪に変化がなかったってことは、協力して目標を達成することが条件じゃなかったってことかな……」

 「そうかもしれない。今のところ、俺が考えているのは……」

 太一は今考えられる2つのパターンを瀬戸さんに説明する。瀬戸さんは太一が説明する合間で適度に相槌を打ち、納得しながら聞いていた。


 「なるほど、確かに今の状況じゃどちらとも絞れない感じね。とりあえず、思ったのは協力して目標達成というには、今回の合宿メンバーに選ばれるのは太一くんに負担が偏りすぎていた気がするのよね。朝練に付き合ったとは言え、試合とかは全部太一くんに任せる形になるし。そういう意味では、2人の協力とは言えなかったのかもしれない。だから次は、生徒会長選挙とかどう? 太一くんも公開告白で有名人になったから、生徒会長出ても良い器になったと思うんだよね。そしたら私が太一くんとして生徒会長選挙に出るじゃん? そしたら太一くんが瀬戸楓として応援演説してよ!」


 瀬戸さんは、少しウキウキしながら話しているように見えた。

 「それも良いかもしれない。でも、1つ考える材料になるかもしれないことがあるんだ。」

 「ん? なになに?」

 太一は一呼吸おく。


 「合宿の時にさ、瀬戸さんのお兄さんと少し会話した。ごめん勝手に。やっぱり、元に戻るための情報が圧倒的に不足してたから、そのヒントになるかと思って……。」

 瀬戸さんの顔があからさまに暗くなって俯いてしまった。それは兄が嫌いなだけなのか、勝手に詮索されたのが嫌だったのかは分からない。


 「で、その時にお兄さんを怒らせてしまって……。"昔の約束"って何のことか心当たりある?」

 瀬戸さんはビクンと肩を震わせて、俯いた顔をこわばらせているのが分かる。

 太一は、やはり触れてはいけないことを聞いてしまったのだと直感した。これは、触れてはいけないことだ。瀬戸さんはどんな話題でも明るくその場で最適な回答を持ってきてくれる。それでも、今回ばかりは瀬戸さんは沈黙した。いや、そうせざるを得ない話題だったのかもしれない。


 太一は、冷や汗が流れていると錯覚する思い雰囲気が支配した。

 喉と口から水分が一気に蒸発してカラカラになっていくのが分かる。それでも目の前に用意してくれたファンタグレープで乾いた喉を潤したいとは一ミリも思えない。

 どうにかしてこの雰囲気を変えなければならない。そして、それは誰しも聞いてはならない過去の1つや2つあり、それを聞いてしまった自分に責任がある。


 「ご、ごめん! これは2人で決めたルールに反するよね! 今のは聞かなかったことに……」

 「こっちこそ、ごめん。お兄ちゃんに会ったって聞いた時に、私もそのことを言っておけば良かった。そこまで頭回らなくてごめん。」

 瀬戸さんは太一に被せて言った。

 瀬戸さんも一息吐くのと同時に言い切ったことで、少し呼吸が荒い。


 「無理に話してほしいとは思わない。でも、お兄さんとの会話をしていて思ったのは、瀬戸さんの医者になりたいという夢は、本当に瀬戸さんの夢なのか分からなくなったということ。俺は、今の生活に不満はない。初めはこんな大変な毎日送ってられるかって思ってたけど、瀬戸さんと協力するようになってからは、毎日しんどいというよりも充実していると思うようになった。でも、ここまで頑張ってこれたのは、俺の身勝手に瀬戸さんを巻き込んでしまって、夢に向かって努力する貴重な日々を無駄にしてはいけないと思ったからなんだよね。」


 太一自身は、自分のことを、人のために努力できる人だとは思っていない。昔から自分自身のために努力してきた。それでも自分のために人の邪魔をするのは、一番嫌いだ。そんな一番嫌いなことを自分がやってしまっている。だからこそ、今自分ができることを精一杯する。元に戻った時に、プラスにはならなくてもマイナスになっていないように。


 そういう気持ちで今日まで頑張ってきたのは事実だ。

 自分は瀬戸さんのために努力してきた。それはこれからも同じだ。だからこそ、瀬戸さんの目指す方向を知る必要がある。


 「これは100%おせっかいなんだけど、瀬戸さんの夢は本当に医学部に行って医者になることなの? 前は医学部志望とは聞いたけど、瀬戸さんのポテンシャルならどんな夢だって修正できる。どんな背景があっても良いけど、夢はやっぱり自分で決めないとね。強制される夢は、夢とは言えないよ。」


 すっかり俯いていた瀬戸さんは顔を上げて、太一の目をしっかり見つめていた。

 「ふふっ、太一くんのくせに生意気だね。」

 瀬戸さんは深い深呼吸をして呼吸を整えながら、茶化して言った。瀬戸さんは、細い目をこすりながら少し笑っているから、どこか吹っ切れたのかもしれない。

 

 「私ね、弟がいたんだ。もう10年前くらいに死んじゃったけどね。」

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