第3章 過去と未来と今

3−1 今→過去

第19話 瀬戸楓の苦悩

 瀬戸楓の生活は、告白イベントによって大きく変わった。

 なぜなら告白イベントによって、丸山太一の株は鰻登りに上がったからだ。

 今まで空気として学校に溶け込んでいたモブ学生だった太一が、学校1のモテ男の公開告白に乱入した事実は、学年だけでなく学校中にその存在感を知らしめた。

 一歩間違えればいじめに発展していた危険なかけだったが、どうやら成功したみたいだ。

 

 移動教室で廊下を歩いていると、見たこともない上級生から「丸山だよな? いやー俺痺れたわ。俺も好きな子に告白してみようと思ったぜ、ありがとうな!」と声をかけられることも増えた。

 クラスでは、今まで一度もなかったが放課後の遊びに誘われるようになった。

 カラオケでは、髭男のpletenderを歌うと盛り上がったので、よく家で練習するようになった。

 しかし、楓のそんな日を見て太一くんから控えるようにストップがかかったのだ。

 なぜかと聞いてみても、今は告白イベントで一時的に有名人になってるけど、すぐに元に戻るから、あんまり行動を変えないでほしいというものだった。楓からしてみれば、今こそチャンスだと思ったが、ルールで決めてしまったから、あまり詮索は良くないと思って深く聞くことは辞めておいた。

 

 それでも、楓は何の予定もなく誘いを断るのは気が引けたので、バイトのシフトを増やした。

 唯一許されたのは、いつも休み時間に本を読んで過ごしている鈴木くんとの会話だった。なぜ鈴木くんとの会話は良いのか聞いてみたけど、自分と同類だから、らしい。

 何だかよくわからない理由だけど、楓も告白イベントが起きる前には、よく鈴木くんと本の話をした。

 "瀬戸楓"としては話したことのなかったクラスメイトだし、知らない本や著者のことを教えてくれて、普通に楽しかった。

 

 楓は、太一くんと体が入れ替わった時の素直な感情は、絶望だけではなかった。特に、男性の生活というものには非常に興味があった。

 男友達と遊んでみたいと思っていた。「瀬戸楓」として男友達と遊んだことはあるが、やはり男女では会話内容が違ってくるだろし。男子同士の話がどんなものか、男子の恋バナは女子とどう違っているのか、男子からしたらクラスの女子はどう見られているのか、もしかしたら男子同士なら下ネタというものも聞けるかもしれない……。

 「瀬戸楓」としては話したことのないクラスの男子と何度か遊びに行くことで、少しは体験することができて、これからいろんな話を振ってみようと思っていた。太一は高校に入学してから友達というものを作ってこなかったみたいだから、楓が知らないことでも、知らない程で質問しやすく都合が良かった。

 しかし、この計画も太一くんに拒否されてしまった。

 

 他にも、バスケ以外の部活。小学校からずっとバスケをしてきたから、他の部活も経験してみたかった。

 しかし、太一くんは名ばかりの文芸部に所属しており、活動は皆無だった。部員ももう1人同じ1年生の女の子がいるとは聞いているが、活動がなさすぎて誰なのかも分かっていない。

 これを機に、新しい部活に入っても良いか太一くんに聞いてみたが、体が戻った時が面倒だから嫌だとのことで、この願いは聞き届けられなかった。

 

 楓にとってみれば、太一くんが何のための高校生活を送っているのか全くわからなかった。

 アルバイトで貯めたお金も使われた形跡はないし、これといった趣味もない。「瀬戸楓」として生きていた前の生活から一変して楓からすれば虚無に感じた。

 楓は、「医学部に進学し、医者になる」という夢を持ち、その夢に向かって高校生活を充実させてきた。いや、それは高校生活が始まってからではない。きっかけは7歳の時だったな。今でもハッキリと覚えている。小学校が始まって兄の影響で地元のバスケチームに入り、男子に混じってバスケを始めた頃だった。自分の夢が明確になったのは。当時掲げた夢は今でもブレたことはなく、自分の人生の軸であり、背骨になっているのを毎日感じて生きてきた。


 それなのに、いきなりゴールのない迷路に送り込まれたかのように迷子状態だった。夢という背骨がなくなった軟体動物のような感覚に襲われる。人間は何者にでもなれるとよく言われるが、楓にとってみれば、夢という自分の背骨があり、他の選択肢は考えないという人生の方が何倍も楽に思えた。

 その中でも、太一くんから勉強のまとめノート作りを任された時は、太一くんに言われたからというより、自分がやってもいいことが増えたことに嬉しさがあった。元々勉強は嫌いではなかったし、幸い今は時間が有り余っている。元の体に戻った時でも、使えるくらい完璧のノート作りにハマっていた。

 

 しかし、太一くんは一体、どうして人間関係をそこまで恐れるのか、全く検討がつかない。今まで人間関係はいくらあっても困るものではないとも思っていたし、むしろありがたいことだと思っていた。楓からすれば、意図的に人間関係を削る太一くんのような人種は初めてだ。

 唯一の救いは、楓の体に入った太一くんが頑張って、「瀬戸楓」を続けていることだった。

 また、体が元に戻ったら、何でなのか聞いてみよう。

 

 さて、休み時間も1人でいるのも気がひけるし、鈴木くんと話でもしよう。


 楓は慣れた歩調で鈴木の元へ歩み寄り、鈴木の読書を遮る。

 「今日は何読んでるのー?」

 鈴木は、少し微笑み返し、本の表紙をこちらに向けてきた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る