第18話 打ち上げ
太一は久々に自分が一人暮らしをしていた家に来ていた。
「どうぞー、上がって」
玄関が開けられ、出てきた瀬戸さんに招かれる。
家にいる人は、外見は丸山太一だが、中身は瀬戸楓。本来の家の住人ではない。
家に来た人は、外見は瀬戸楓だが、中身は丸山太一。本来の家の住人だ。
何だかあべこべな状況で、一瞬こんがらがりそうになるが、2人はこの関係にも慣れていた。
入れ替わってからもうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。
2人からすれば、まだ1ヶ月しか経っていないのかと思うほど、目まぐるしい日々を送ってきた。
そんな2人が初めて、高校の外で会うことになった。今日は土曜日で、部活が偶然オフの日だ。
瀬戸さんのアルバイトも今日はないし、この前の2つの告白を乗り越えた2人の打ち上げとなったのだ。
今日だけは、部活の友達と遊びに誘われていた太一も、瀬戸さんに断ることを許可された。太一は、瀬戸さんが自分と遊びたいと思ってくれたのかと少しだけ嬉しくなる。
太一の家は1DKのアパートで、築30年で所々にガタがきている。特に引き戸の開閉は少し力が必要だ。
前に太一が一人暮らしをしているときは、誰かが遊びに来ることなんて滅多になかったから、必要最低限の掃除しかしていなかった。だが、家に入ると、床には物がほとんどなく、窓や鏡は新品のように磨かれていて、太一が住む前よりも綺麗になんじゃないかと思わせられた。
「瀬戸さんって、潔癖症だっけ?」
「むぅ、せっかく綺麗に保ってあげてるのに、その言い草は何? そこは綺麗にしてくれててありがとうございます、でしょ?」
瀬戸さんが少し頬を膨らませて言った。
しかし、今瀬戸さんは太一の体なので、男が真面目にその仕草をしていると寒気どころか風邪をひきそうになる。瀬戸さんの姿でしてくれれば見たかったのに、と太一は心の中で肩を落とす。
それからはお互いに持ち寄ったお菓子やジュースを飲んで、この1ヶ月間の感想や大変だったこと、新鮮だったことを話し合った。お互いに、それぞれの生活に慣れるのに大変で、不満を言い合ったり、愚痴を言ったりする余裕がなかったから、想像以上に話が弾んで、時間が経つのが一瞬に感じられた。
それに、2人の関係性を他の人にも言えない以上、それぞれの悩みを分かち合えるのは、この2人しかいないというのも大きかったのかもしれない。
「そういやさ、あの安西先輩の告白を回避して次の日に気付いたんだけど」
そう言って、瀬戸さんは右手を机の上に出した。
「これ、入れ替わりの時の指輪だよね? なんか緩くなったような気がするんだけど、気のせいかな?」
入れ替わる時に右手小指に付けていた指輪だ。
最初に付けたときは、ピッタリすぎて外れるのか心配になったほどだ。
しかし、今の指輪を見てみると、指輪がかろうじて動くくらい緩くなっていた。
だが、指輪が抜けるのはまだ無理そうだ。
「指細くなった?」
「ううん。あんまり変わらないと思うけど。それに、これだけ緩くなってたら気づくと思うんだけど、告白の翌日朝に気づいたんだよね。」
瀬戸さんは少し強めに指輪を外そうとしてみていたが、やはりダメそうだ。
「これって、元の体に戻るのと関係ありそうだよね?」
瀬戸さんは少し口調を強めて言う。
指輪をつけて入れ替わり、1ヶ月経った今、指輪が少し緩くなった。
「つまり、あの告白を避けられたのが、元の体に戻る条件に関係あるってこと?」
「そこまでは分からないけど、きっと何か“両者にとってこの指輪が不要になった時”の条件に叶うことがあったんだと思う!」と瀬戸さんは太一の細い目を見開いて前のめりになって言った。
それから、この1ヶ月でやってきたことと、指輪に関係ありそうなことを挙げていった。
しかし、瀬戸さんが、いきなり指輪が緩くなったと感じた状況とタイミングからして、山口薫との模試対決と安西流騎の公開告白という2つの災難に、協力して2つとも対処できたことがトリガーになっている可能性が一番高いという結論になった。他にも、何か単純なことの積み重ねで一定数を超える条件であったり、単純に経過した期間が条件という可能性もある。
だが、それらを考え出すと情報不足すぎて、結論が出ないため、後は思い当たる節を当たって可能性を狭めていくしかない。
「やっぱり、1番可能性として高いと思うのは、2人の協力して、成し遂げた経験だと思うんだよね」
瀬戸さんは、こめかみに手を当てて、考えた結果これしかありませんという表情で言った。
「だってね、私、入れ替わるまで太一くんとも仲良くなれないと思ってた。普段何をして、何を考えて、私たちのことをどう思っているのか、全部わからなかったの。だから、お前たちは仲良く慣れるぞ! ってことを教えてくれるために、この指輪があるんじゃないかな」
「確かに、俺も瀬戸さんは自分とは違う世界の人で、一生分かり合えない人だと思ってた。だけど、今、瀬戸さんの生活を経験してみて、『ヨウキャ』には『ヨウキャ』の努力があることが分かったし、単純に尊敬してるからね。」
瀬戸さんは少し照れくさそうにしながら、「この仮説が正しいかもしれないね」と呟いた。
「それじゃあ、2人で挑戦できる何かないかな?」と瀬戸さんは続けた。
「じゃあ、今度はバスケの方に集中するっていうのはどうだろう? 確かもう少ししたら練習試合で遠征があったはずだから」
太一はスマホのスケジュールアプリを開きながら日程を確認する。
「あー、毎年行ってる遠征だね! 確か遠征前に遠征に行けるかどうか選ばれるんじゃなかったっけ?」
「そうそう。1年の中では上手い方だけど、1年から遠征に行けるメンバーが1人もいない世代があるみたいだから、悠長には出来ないんだよ。」
太一は開いてたスマホを閉じて、続ける。
「テストが2週間後の練習試合の結果。遠征が1ヶ月後だったわ」
「オッケー。それじゃあ、バスケ一緒に頑張ろう! とりあえず、明日から朝練ね! ちょうど私の家から太一くんの家までの間に公園があるから、そこで練習しよう!」
「えっ!?」
太一は、また睡眠時間が削られていくと強い危機感を感じ、真っ先に断ろうとしたが、瀬戸さんの太一の姿でニカッと笑いかける姿が、瀬戸さんの姿で笑いかけてくれたように映り、太一の「それはちょっと……」という断りの言葉が喉につっかえて前に出なかった。
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