第17話 告白イベント⑥ 公開告白
『今日の昼休み、中庭に来てほしい。』
太一は、1年の男子バスケ部の人から、安西先輩の伝言だと言って伝えられた。
ついにこの時が来た。
中庭は、校舎が囲むように学校の真ん中にあり、ちょっとした広場になっていて、一切遮蔽物がないから、人目につきやすい。もちろん、一般的な告白には適さない場所だ。
しかし、安西流騎の計画を実行するには、最適な場所だった。
朝一に伝言を聞いてから、廊下を歩くときも、チラチラと見られているのが分かる。
相当、いろんな人に知れ渡っているみたいだ。
太一が瀬戸さんと入れ替わることがなければ、一生関わることのなかったイベントにメイン人物として参加していると考えると、人生何があるかはわからないものだとしみじみとしていた。
もし入れ替わらずに、前のままの生活をしていたら、この告白が行われることも、卒業するまでこの告白があったことも知らないままだったんだろうなと思う。そう考えると、太一は瀬戸さんと入れ替わって、少しは変わったのかもしれない。それが成長なのかは分からないけれど、太一は今の自分自身に少しばかり満足していた。
――
昼休み。
太一は、中庭に向かう。
いつも仲良くしている陽菜たちは、頑張って! とエールを送ってくれた。陽菜が言った意味とは違うだろうけど、うん! と元気良く答える。
太一は、一度だけ自分から告白したことがあった。
告白を受ける側は、ただ聞くだけなのだから、自分も告白される側になりたいと思ったときもあったが、いざ、受ける側になると受ける側にも緊張はあるし、告白する側とはまた違った変な汗を手にかいていた。
美少女も手汗を掻くんだなと太一は少し感心する。
中庭の小さめの噴水の前に、安西流騎がいた。
いつも昼休みは賑わっているが、今日は瀬戸楓と安西流騎しかいない。噴水の流れる水の音だけが聞こえていた。
しかし、2人だけという気は全くしなかった。
あそこにいるな。
あそことあそこにも。
息を潜ませて、この告白の行方を見守る人たちの視線を感じる。
あそこにいるのは、山口薫か。背が高いからよく分かるな。彼からすれば気になるよね。
その視線の圧は、きっと見守るというより、監視の意味合いが強いのだろう。瀬戸楓が変なことを言わないように。
だが、今日の太一の仕事はこの中庭に来るということで完了した。
あとは、打ち合わせ通り、瀬戸さんに任せるしかない。
あとは任せた……。太一は、目を閉じて祈る。うまくいきますように。
「やあ、楓ちゃん。呼び出したりしてごめんね。」
「いえいえ、安西先輩に呼ばれるのは、やっぱり少し緊張しますね」
太一は営業スマイルを浮かべる。
「ごめんね。なんかちょっと見てる人が多いみたいだけど。何でだろうな……。気にしなくて良いからね!」
安西流騎は、細く長い人差し指で頬をポリポリ掻きながら言った。
それも計画のうちかと疑いたくなるほど、洗練された動きだ。もし、太一が女の子なら、一発で落ちていた気がする。
「今日は、楓ちゃんに伝えたいことがあって、ね。」
「はい、何でしょう?」
太一は笑顔を崩さない。安西流騎は、その笑顔に不気味さを覚えたのかもしれない。すこし、反応が思ってたのと違うという表情を浮かべる。
「その、楓ちゃんが良ければ、俺と付きあ――」
「――ちょーーーーっと待ったーーーー!!!」
安西流騎の告白の言葉を遮り、野太い声が中庭だけでなく、見守る全員に響きわたる。
全員の視線が中庭の噴水前から、中庭の入り口に移動する。
そこには"オレ"が立っていた。
予想外の出来事が起きたとき、人はフリーズしてしまう。脳が処理しきれないからだ。
ただ、この場で2人を除いては、状況を理解するのに時間を要した。
タイミングバッチリ!
太一は内心でヨシッとガッツポーズをしていた。
ちらほらと「え?」とか、「誰あれ」という声が聞こえ始めた。
瀬戸さんは、少し声が大きすぎたと口を抑えそうになっていたが、堪えて台詞を続けた。
「瀬戸さん! 僕も瀬戸さんのことが好きでした! 安西先輩のようにイケメンではありませんが、好きという気持ちは負けません!! よろしくお願いしますー!!」
瀬戸さんは右手を前に突き出し、地面と並行におじぎをした。
「なっ!?」
安西流騎は少し、狼狽えていた。
それもそのはずだ。学校1のイケメンモテ男が公開告白をすると周りに働きかけてきた。
これは、瀬戸楓に断りにくくするという効果以外にも、他の男への牽制の意味合いもある。学校一のモテ男に対抗しようとする者はそうそうにいない。そのことを理解して、安西流騎は計画を練っていたはずだ。
それが、全く知らないモブが突如現れて、自分より先に告白した。
これは流石に想定外の出来事だろう。
そして、"オレ"の存在は、鉄壁の城と化した安西流騎の計画に風穴を開けるには十分だった。
「俺もだぁぁ!! そんな顔だけのやつには負けない! 俺は君のために勉強を頑張って東大にだって入ってみせる!」
続いたのは、山口薫だ。
山口は2階の窓から見ていた。
大きな波を作るのに、2人の先駆者がいれば十分だ。
「お、俺もだ……!」
「俺も好きだ!」
「僕も好きだぁ!!」
「俺たちの瀬戸ちゃんを2年なんかにやれるかぁ!!」
「そんな小娘よりも私と付き合ってよ! 流騎!」
――
公開告白には、デメリットがある。
それは、周りから邪魔ができるということだ。
太一は、瀬戸さんに目でもう大丈夫と伝える。
瀬戸さんは少しニヤリとして、校舎に戻っていった。
安西流騎の顔が青ざめているのが分かる。
安西流騎の計画は失敗だ。
そして、俺たちの計画は大成功だ。
俺たちの計画は、『インキャ』であり単なるモブキャラである”丸山太一”を使って、大きな波を作り出すこと。
この波は、安西流騎に告白を断念させるという第3の答えを可能とする計画だった。
そして、その起爆剤である”丸山太一”にはその素材が揃っていた。
『インキャ』の爆発力。それは瞬間的に学校1の『ヨウキャ』をも凌ぐ。
公開告白の間に割って入ることは、誰であっても難しい。
だが、もしそれが『インキャ』によってなされたのならば、一気にハードルは下がる。あいつに出来たのなら、俺にだって。あいつでも声を上げたなら、自分も上げるべきではないか。
そういって、声を上げた人が多かったのだろう。
それに、山口薫がいてくれたのは大きい。
後で感謝の言葉を伝えておかなければな。
皆が上げた声は、瀬戸楓の人気を表している。
安西流騎のもつ人気に匹敵するほどの人気を瀬戸楓が持っていれば、両者のパワーバランスは均衡しており、瀬戸楓が告白を断ったとしても、誰も何も言えない。
つまり、最後の最後に、瀬戸楓ファンを炙り出し、一時的にでも安西流騎の人気を上回っていれば、告白されても断ることができるということだ。
――
波は大きなうねりを持って、告白とは関係ないことも言うようになっていた。
もうこうなれば収集はつかない。ここから、太一が安西流騎の告白を断ったとしても問題はない。
「はは、ちょっと話できる雰囲気でも無くなっちゃったね。また今度にするよ。」
安西流騎はそそくさと校舎に退散していった。
愛想笑いを浮かべていたが、目は1ミリも笑っていないのが分かる。
2年生用の玄関から、ガシャーンというロッカーで人為的に鳴らされたであろう音が聞こえてくるが聞こえなかったことにした。
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