第16話 告白イベント⑤ 安西流騎の計画
楓は、学校の男子トイレに行くのが一番慣れるのに時間がかかった。
人がいなさそうな時間帯に行くように心がけていたが、なかなか毎回そういう訳にもいかない。
男子トイレの構造を気にしたことは、人生で一度もなかったが、小さい方をする時は、個室に分かれていないことに驚いた。トイレの形状によっては、見たくもないのに、横目に入り込んでくることも少なくない。
太一くんは、女子トイレに入るのにすぐ慣れていたけど、女子トイレは全て個室なので、それが大きいだろうと思う。
楓は1時間目終わりに男子トイレに駆け込む。
なぜか、自分が悪いことをしている気になるから、周りに人がいないか少し気にしてしまう。
男子トイレには、男子3人が固まって何か話をしていた。
楓は見たことない男子だから、1年でも別クラスかもしれない。
目を合わせずに、自分の用を終わらせて早く教室に戻ろうと思っていたが、3人の話が聞こえてきてしまった。
「いやー、瀬戸楓と安西流騎のビックカップル誕生したら激アツだよな」
「でも、俺密かに瀬戸楓狙ってたのによ〜。相手が安西先輩とか入る隙なさすぎやって」
「え?」
楓は思わず、3人を見て聞いてしまった。
これには、楓もやってしまったと慌てて顔を伏せる。
「あぁ、君も瀬戸楓のファンか。俺もだから気持ち分かるぜ。」
「安西先輩から口止めされてるんだから、他言しないでくれよ。」
口止め? どういうこと? やはり、安西先輩は何か企んでる?
楓は高速で頭を巡らせる。
この3人から安西流騎の計画を聞き出さなければならない。
「瀬戸さんはもう付き合ってるの?」
楓は遠回しの質問から入った。
「いや、でも今度安西先輩っていう、2年のめちゃくちゃイケメンの先輩が瀬戸楓に公開告白するらしいぞ。」
――は?
「いやー、安西先輩もエグいことするよな。安西先輩に公開告白されたら断れる女子いねぇよ」
「ほんとだよなー。それに、最近安西先輩が告白された女子たちにも瀬戸楓が好きだから無理って、名指しで言ってるらしいぞ」
「そりゃ、もし瀬戸楓が告白を断ったりしたら、その人たちや今までの安西流騎ファンが黙ってないだろうな。流石の瀬戸楓も断るのは無理だろうぜ」
想像以上に最悪の状況だ。
もしかして、明里に近づいたのもこの計画の一環?
楓がずっと感じてた、安西先輩が女子バスケのチームメイトに声かけてるのもこの計画?
楓は電話越しに聞こえてきた明里の震える声を思い出す。
こんな男のために大事な友達が傷つけられたのかと。
楓は寒気よりも沸々とお腹の奥の方から怒りが込み上げてくる。
どうやら表情で隠し切れなかったようだ。
3人の内の1人が近づいて楓の肩を叩いた。
「まぁ、お前の気持ちは分かるぜ。確かに安西先輩は禁じ手を使ったかもしれない。だけど、高校生の恋は短いと相場が決まってる。一度はあの2人が付き合っても、また別れた時に俺たち1年が瀬戸楓にアタックすれば良いさ。」
確かに、その状況で断ると、瀬戸楓の今後の学校生活に影響が出ることは明らかだ。
半ば強制的に付き合わざるを得ない状況を、安西流騎は作り出した。
最悪、いじめなんてことになったら、太一くんにも悪い。
楓は、3人にありがとうとだけ言って、男子トイレを後にした。
教室に向かう途中で太一くんに緊急事態のチャットを送る。
「次の休み時間に、いつものところで」
――
休み時間、いつもの3階屋上出口前の踊り場に集まった楓は、太一くんに先ほど男子トイレで聞いた計画を伝えた。
「手段選ばねぇんだな。」
太一くんはセーラー服で腕を組んで言った。
「でも、普通に付き合って、すぐ別れれば良いんじゃね?」
太一くんは、声は誰がどう聞いても女子高生の声なのに、口調は誰がどう聞いても男子高校生の口調で言う。
「確かに、そうかもしれない。でも、やっぱりここで断っておくべきだと思ってる。理由は2つあるわ。」
楓も学ランに腕組みをして言う。
「1つ目は、私が単純に安西先輩と付き合いたくないから。自分の私利私欲のために女の子を巻き込んだのには許せない。特に、私の大事な友達を傷つけたのには怒ってる。」
太一くんも明里と通話していたからか、頷いて同意をしてくれているのが分かる。それにと楓が続ける。
「安西先輩のことだから、手が出るのも早いと思うわよ? 女バスの3年生の先輩に安西先輩と付き合ってた人がいて、その人は付き合って2日で卒業したって言ってた。」
「卒業って、そういうこと……?」
楓が頷くのを見て、太一くんも「それは俺もきついな」と同意がもらえたので、2つ目の理由を述べる。
「もう1つは、告白にこれだけのことを計画する人だから、別れるのもそれ相応に理由を作らないと、別れさせてもらえないと思う。もっとめんどくさいモンスターにすらなるかもしれない。なら、今のうちに断るのが吉だと思う。」
「それは確かに考えられるな。今回の告白で断れたら一件落着なんだけど、何か方法ある?」
「何も思いつかない! 逆に何かない?」
楓は開き直ったように言った。
え? と太一くんも面食らったような表情を浮かべている。
確かに安西流騎の計画に抜かりはなかった。
高校生活において、告白の答えを決める要素は当事者同士の好感度だけという単純なものではない。それぞれが抱える学校内の友達関係などにも配慮するのは、閉鎖された学校という環境で生き抜く上で勝手に身につけられる能力の1つだ。
安西流騎は、学校内で随一の知名度と好感度を誇っていた。その人が本気を出して告白をしたのに、振られたとなると、これまで安西流騎に振り向いてもらえなかった多くの女の子たちの気持ちはどうなるのか。当事者同士のことだからと、冷静に考えられるほど、高校生は大人になりきれていないのが現実だ。
「普通に告白を断ることはできない。となれば、安西流騎に嫌われる、または、告白に答えなくて良い状況にする、のどちらかしかないか。」
太一くんは、顎に手を当てて、よく探偵が考えている時のポーズをして防衛策を考えているようだ。
しかし、楓もすでに出した答えだ。しかし、そのどちらも具体策が思い浮かばない。
これは、詰みか。
楓が、諦めて組んでいた腕を解いた時、太一が1つだけ思いついたと言った。
楓は目をパチクリと見開く。
「しかし、これはやりたくないし、やって欲しくもない。でも、これしか思いつかなかった。」
「ウソ! すごい! で、どんな方法なの? 私にできることなら何でもするよ!」
楓は、野太い声でもテンションが上がっていることが分かるくらいイキイキと言った。
少し間ができる。
太一くんの様子を見ていると、本当に躊躇っているのが分かる。
でも、楓はこの計画を阻止できるなら、多少手荒なことでも仕方ないと思っていた。
この計画阻止のためなら、他のことは細事だ。
重々しく、太一くんは口を開く。
「"オレ"を使う。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます