第8話 瀬戸楓の困惑②
もちろん授業後に、太一くんから呼び出された。
楓と太一くんは、何か緊急で話す必要がある場合は、校舎3階の屋上に出る非常口前に集まって話すことにしていた。
よく学園ものアニメやドラマでは屋上が開かれていて、出入り自由になっていることが多いが、現実は危ないから普段は閉まっている。だから、誰もここには用事がないし来ないと言うことだ。
集まって太一くんは不機嫌に腕組みをした。顔を見れば不機嫌だということを隠さずに出しているように感じた。
「さっきは助け舟ありがとうね!」
楓はあえて明るく言った。
「ああいう勝手なことやめてくれる? 俺絶対あんなことするキャラじゃないし。俺がやったらスベるの分かりきってるじゃん?」
太一くんは食い気味に突っぱねるように言い放った。
「ごめんなさい」
楓は太一くんの大きめの体をできる限りシュンとさせて謝る。楓自身でも謝るしかないと分かっているのだ。しかし、それでもという気持ちがあった。
「でも、元の私を知ってるでしょ? 友達も多いし、遊んだり話したりするの好きなの知ってるよね? それなのに、誰とも話さずに学校生活を過ごすのは、寂しいし何のために学校に来ているか分からないよ。だから、ちょっとくらい良いじゃない……。」
楓は、開き直った訳ではなく、単純に太一くんに理解して欲しかったのだ。
そして、なぜ上手くいかなかったのか、自分でも分かっているのだ。
今まで楓は、『隠キャ』という言葉も、『陽キャ』という言葉も好きではなかったし、興味も無かった。なぜなら、それは自分にそういう属性を勝手につけて、自分を守る殻にすること以外に意味はないと思っていたからだ。
自分は『隠キャ』だから無理。
自分は『陽キャ』だからやりたくない。
これらの言葉はよく聞こえてくるが、結局やらないことの言い訳にしかならないと思っていた。
でも、現実は違ったことを、楓自身が経験した。
楓の認識は甘かったのだ。
『隠キャ』と、『陽キャ』には根深い溝があって、そう簡単に切り替われたり、ジョブチェンジできるようなものでは無かったのだ。
楓は『陽キャ』として普通にしてきたことが、今『隠キャ』の立場になると全然受け入れられない。
普通に話しかけることも、授業中にちょっと明るく振る舞うことも、楓自身だった時とは勝手がちがう。
今の太一の姿になった楓は、片足に死刑囚がつけている大きな鉄球が付いていて、周りからも自分からも行動の制限がかかっているように感じた。
やることは同じでも、それを誰がするかが大事だということが本当に大事だと初めて実感した。
そして、楓自身は『陽キャ』の立場に甘んじていていることも実感したのだ。
楓は、言葉にすると自分の気持ちが少し鮮明になって、やっぱり太一くんに理解して欲しかっただけではなく、さっき言ってしまった発言は泣き言と開き直りの両方のニュアンスで出来ていたのだと思う。
楓の発言を聞いて、反応に困ったのか、太一くんは少し次の言葉を探しているようだった。
視線を外して、頬を少しポリポリ掻いている。
「まぁ、瀬戸さんの気持ちもわかる。今まで友達に恵まれていたんだから、いきなりボッチの生活はキツイと思う。でも、俺としても教室であんな感じでふざけるキャラじゃないのは理解して欲しい。本当にごめん、早く戻れるように俺も頑張るから……。」
今度は太一くんが申し訳なさそうに、少し俯きながら言った。
本当に体が入れ替わってしまったことに責任を感じてくれているのが分かる。
こういう態度を見ていると、太一くんは薄情な人なんだと思っていたけど、意外と責任感強くて真面目な人なんだと分かる。今までどんな人かも知らなかった丸山太一という人物を知れたことは嬉しくも思うし、これだけ責任を感じて頑張ってくれている姿を見ると、あまり責められないからズルいとも思う。
「分かった。太一くんのポジションで立ち振る舞うことの難しさも分かったし、もう目立つような行動は慎むことにするわっ! その代わり、定期的に私の話し相手になってね!」
「えっ!?」
「だって、今の状況で話し合えるの太一くんだけだもん。よろしくね!」
太一くんは少し、悔しそうな顔をしていたが、了承してくれた。いや、了承するしかなかったのかもしれない。
それでも、楓にとってみれば、安定して話ができる相手が見つかって良かったと胸を撫で下ろしたい気持ちもあったし、太一くんのことをもっと知りたいと思うようにもなっていた。
それにしても、授業中にスベッた時の、太一くんのフォロー上手かったなぁ……。
楓は相当自分に自信を失っていたせいもあって、太一くんの方が『陽キャ』に向いてるんじゃ無いかと思ってしまった。
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