第11話 丸山太一の嘆願②


 太一は、周りの目を少しだけ気にしながら、校舎の3階に上がる。


 太一と瀬戸さんは、何か緊急で話す必要がある場合は、校舎3階の屋上に出る非常口前に集まって話すことにしていた。

 よく学園ものアニメやドラマでは屋上が開かれていて、出入り自由になっていることが多いが、現実は危ないから普段は閉まっている。だから、誰もここには用事がないし来ないと言うことだ。


 日によって違うが、今日は太一が先に来て、瀬戸さんが後から来た。一緒に行ってるのをみられると、後で厄介だから、時差的に集まることにしている。


 瀬戸さんが来て開口一番に言い放った。

「ちょっと最近たるんでるんじゃない?」


「悪かったって。でもガッツリ寝てたわけでもないし、先生に見つかったわけでもないし、これくらい許してくれても良くない? 俺がどれだけ毎日頑張ってるか、瀬戸さん本人なんだから分かるでしょ?」


「一度許したら、少しくらい寝ても大丈夫って甘えに繋がるでしょ? 今の生活が嫌なら早く元に戻るしかないよ。私を維持するには、今の生活が必要だもの。」


 太一は、言葉に詰まる。

 確かに、瀬戸さんは全面的に被害者だ。


 太一の生活を維持してもらっているだけでのありがたいと思うしかない。

 しかし、正直無理難題とも取れる要求をこれからこなしていけるだろうか?


 体が持つだろうか?


 心の中の太一は全力で首を横に振っていた。時間が経てば、この生活にも慣れると思っていた。時間が嫌いな勉強とか、無駄な人付き合いを解決してくれると思っていた。だけど、そんなことはなかった。勉強はどんどん難しくなるし、今までほとんどなかった休日に遊びに行く経験や、友達と深夜に無駄な通話を何度か経験して、少し、ほんの少しだけ友情というものを感じるようになっていた。

 これは、普通、良いことなんだと思う。


 でも、それでも、太一はもうこの辺で辞めておかなければ、と感じてしまっているのだ。


 ……やはり、ここで言ってしまおう。


 できないことを約束してしまってすみません。ここまで学校のマドンナがこんなにも大変だと知らなかったんです、と。完璧美少女が誕生するまでには、自分の知らないところで血の滲むような凄まじい努力があったことを知らないままに、話を進めてしまいました。

 このままの生活をしていくのは、今の太一には無理です。


 瀬戸さんにとって、友達がどれだけ大切なのかは、この体でいると周りの評価の高さから嫌というほど、伝わってきた。瀬戸さんが友達をそれだけ大事にしているのが分かる。

 だから、友達付き合いを減らすようには言えなかった。


 せめて、勉強時間を減らすように言ってみよう。

 勉強はまだ高一だし、後からでも挽回できる。瀬戸さんの能力なら、体が戻ってからでも余裕だろう。


 「何黙ってるの? 私たちの仲なんだし、言いたいことがあるなら、言ってよ。」


 「俺、この生活をずっと続けるのは無理だと実感したよ。俺の生活を送ってくれてたら分かると思うけど、こんなに全部のことに全力で挑戦するなんてしてこなかったし、メンタル的にも限界なんだ。」


 太一は向かいに立っている瀬戸さんの表情を見る前に、これまでの生活を送ってきて、どれだけ瀬戸さんがすごいか伝えるべきだと思った。


 「俺、ずっと教室の隅で、クラスの中心でみんなに囲まれている瀬戸さんを見てきて、俺とは違う人種なんだと思ってたんだ。俺は不器用で、複数のことを満遍なくすることはできなかったから、瀬戸さんは部活に勉強、人間関係と万能だと思っていたし、それが出来てしまう人なんだと思っていた。だけど、瀬戸さんの生活を送ってみたら、誰よりも努力してて、誰よりも結果に対してストイックだし、その成果が出てるだけなんだと思った。」

 太一は正面を見る。瀬戸さんはどんな表情をしているのかと。


 瀬戸さんからすれば、当たり前のことなんだと思うかもしれない。だけど、それは全然普通じゃなくて、なかなか出来ないことをしていると知って欲しかった。そして、太一にはとても真似できないことをしていると知って欲しかった。


 「ありがとう。」


 瀬戸さんは、少しびっくりしたような顔をしていた。この2週間過ごしていなければ、この顔が驚いた時の顔だと分からない顔だ。太一の表情は固い。自分では驚いていても、あまり表情に出ないらしい。


 「私、夢に向かって努力してるだけで、それが偉いことなんだと考えたこともなかった。だけど、こうやって、褒めてくれるのは嬉しいものだね。」

 瀬戸さんは、太一の硬い表情で満面の笑みを見せてくれた。目に見えるのは自分の笑顔だけど、そこには瀬戸さんの、まるで太陽が抑え切れず漏れ出してしまうような笑顔が重なって見えた。


 「私も太一くんの体で生活してみて思ったことがあるんだ。私も初め、丸山太一くんと聞いて、あまり良いイメージを持たなかった。せっかくの高校生活なのに、なんであんなに退屈そうなんだろうって。部活にも勉強にも友達とかにも、集中せずに一体何のために高校生送ってるんだろうって。」

 瀬戸さんはポツポツと思っていたことを話し始めた。


 瀬戸さんの生活を体感してみると、自分は確かに今この時の時間を蔑ろにしてきたと思う。

 「でもね。太一くんも頑張ってた。太一くん一人暮らしの家賃とか生活費とか全部アルバイトで賄ってるんだよね。本当にすごいと思うよ。それに私アルバイトって楽しいものだと思ったけど、部活とはまた違うしんどさがあるね。太一くんが頑張ってないとか思ってた私は、何も、太一くんのことを知らなかったんだなって、反省してたんだ。」


 瀬戸さんは胸の前で手を祈るように組んで話した。それは、今まで抱えていたものを吐き出すから自然と出た仕草なのかもしれない。

 周りから見れば、丸山太一が女の子みたいな動きをしていてかなりきついが、太一の目には、やはり、瀬戸さんが頬を少し赤らめて恥じらいながら、両手を組んでいるように見えた。


 太一にとって、瀬戸さんが一定認めてくれていることは嬉しかった。瀬戸さんに比べると、全く敵わないが、瀬戸さんは純粋な気持ちで褒めてくれているみたいなので、素直に受け取るべきだろう。

 「ありがとう、瀬戸さんにそう言ってもらえて嬉しいよ。」

 太一は瀬戸さんの真剣な表情を見て、お世辞ではなく真剣に思ってくれているのだと分かる。


 瀬戸さんは頷いて続けた。

 「うん、私も太一くんに丸投げするだけだったと反省してる。今も普段のやることで忙殺されて、元に戻る方法とか考える余裕ないんじゃない?」


 「その通りです……」


 「だよね。だから、友達関係は今のまま太一くんにやってもらうしかないから、今のままお願い。短縮できるとしたら、勉強だと思う。」

 太一は全て自分の考えていたことを瀬戸さんが言い当て、さすがだと頷く。


 「だから、勉強時間は毎日2時間以上というルールを無くすことにするよ。その代わり、私がアルバイトとか生活に慣れてきてだいぶ余裕できてきたから、手伝うことにするね。」


 瀬戸さんの提案はこうだ。

 瀬戸さんが勉強のまとめノートを作ってくれる。

 それを元に勉強することで、太一の勉強時間が格段に減るということだ。

 空いた時間を元に戻る方法を探る時間や睡眠時間に充てる。


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