第10話 丸山太一の嘆願①


 部活終わり。時刻は20時頃だ。たまにこういう日がある。監督の機嫌が良かったとか、先輩の機嫌が良かったとかいろいろ理由は考えられるけど、何より、いつもより1時間も早く帰れることが軽いイベントだった。


 太一は、その1時間をどう使おうか頭の中を駆け巡らせる。久しぶりにYouTubeを見てリラックスするのもいいね。それかいつもより早く寝るか。うーん。

 太一はルンルンで帰る支度を進めていたところ、隣のロッカーを使っていた、迫田明里が声をかけてきた。嫌な予感がした。

 「楓ちゃん。今晩も電話してもいいかな……?」

 明里は控えめな声色と仕草で聞いてきた。太一はこの小動物に少しドキドキしてしまう。


 嫌な予感が的中した。

 太一の頭を駆け巡らせたものたちは、一瞬で消え去った。

 しかし、太一は断ることができない。瀬戸さんとのルールのせいだと思うが、太一の心理的にも断りにくい。迫田明里は自分のことをよく理解していると思う。


 「もちろんだよ〜」

 太一は笑顔で返す。この返答にも慣れたものだ。


 「ありがとう! 楓ちゃんだけが頼りだよ〜」

 明里は楓の細くて白い腕に抱きついてくる。太一は少しだけこの状況にドギマギした。


 部室から出て、家に帰るまでの道のりで楓にメッセージを飛ばす。

 「『今晩、明里の相談乗ることになった。よろしく。』っと」

 送信ボタンを押すと、すぐに既読になった。

 「『了解!』と返信が返ってくる。」


 明里の相談には、PCで瀬戸さんに通話を繋ぎ、スマホでその同期に繋いで、どうアドバイスを送れば良いかを瀬戸さんがチャットで連絡し、その内容をそれっぽく太一がアドバイスするという形で対応している。


 今回で2回目だ。

 明里の相談は、恋愛相談のことで、男子バスケ部の安西流騎という2年生が好きらしい。その名前は太一が瀬戸さんと入れ替わってから知った。同じ体育館でする部活ということもあって、練習の時によく顔を合わせた。その度に、爽やかな挨拶をしてくれるし、少し話すだけでも心地よくなる気がした。


 瀬戸さんと流暢に話せるコミュ力だけでなく、顔も鼻が高く、シュッとした輪郭で屋内部活だからか化粧をしていてもおかしくない白い肌をしており、いわゆるイケメンだ。

 話していて、太一は入れ替わっていなければ決して関わることのない人種だと感じたことを覚えている。


 今回の話は、その続きなんだろうと太一は少し身構える。

 と言っても、太一の仕事は瀬戸さんの言っていることをそれっぽく伝えるだけなんだけどね。


 ピンク色のカバーをしたiPhoneが鳴る。明里から電話が来た。

 太一は、携帯を取る。

 既に瀬戸さんとも通話を開始しており、明里から電話がきたことが瀬戸さんにも伝わる。



 「もしもし」

 明里の声が聞こえ、太一も返答する。

 「楓ちゃん、いつもありがとうね! 今日もちょっと相談があって……」

 明里の声色は電話越しにでも、あの小動物な姿が想像できた。

 瀬戸さんからのチャットはまだ来ない。初めは、最初の挨拶からどう返答すれば良いか来ていたが、今回は来ていないということは、少しは信頼してくれるようになったのかなと思う。


 「もちろんだよ! 私で良ければいつでも相談に乗るから!」

 「ありがとうね! それで相談の内容なんだけど、私……」

 少し、明里の声が震えているような気がした。

 その様子から、何か報告系の相談なのかもしれない。

 瀬戸さんからも、何の連絡もないから、きっと同じことを考えているだろうな。


 「流騎先輩に告白しようと思う!」

 「え?」

 太一と瀬戸さんの声が同時に出た。

 前回から、安西流騎のことが好きだとは聞いていたが、告白にはまだ急な気がしたからだ。


 「だってね! 流騎先輩と私、結構脈あると思うんだ! 例えば、この前も部活前に目があった時に手振ってくれたんだよ!」

 明里は興奮で早口になる。キャーと1人で思い出して悶えているのが分かる。

 「他にもね! この前に部活中で私に声かけてくれてね! その時も……」


 明里のエピソードトークが続いている間に、太一は瀬戸さんにチャットを飛ばす。

 『どうします? 止めますか? 応援しますか?』

 少し、返信まで時間がかかる。瀬戸さんも悩んでいるようだ。

 『……とりあえず、応援、しとく。止められないし、明里の様子だと、もう本人は決断しているみたいだしね。』

 『了解。』


 「……っていうことがあって、流騎先輩に告白しようと思ってるんだけど、楓ちゃんの意見も聞いておこうと思ってね……。楓ちゃんはどう思う?」

 太一は、明里はきっと応援されることを前提で聞いているのだと思った。明里の求めている答えは、「頑張れ」だ。それに、「私も応援する」もあれば尚良い。

 でも、瀬戸さんの言い振り的には、反対したい気持ちなのだろうなとも思う。

 なぜそう思うのかは分からない。ただ、今の太一は、瀬戸さんと明里の仲介役。

 太一の気持ちなど関係ないのだ。瀬戸さんが応援するのなら、それで良い。


 「良いと思うよ! やっぱり、自分の気持ちを伝えないと何も始まらないし。私、明里のこと応援する!」

 「ありがとう! 楓ちゃんならそう言ってくれると信じてた。私、勇気振り絞って頑張ってみる!」

 その後も、1時間ほど、世間話やどう告白すればいいかの相談を受けていた。

 しかし、その内容は、ほとんど瀬戸さんが聞き役に徹して、明里の計画を聞くのがほとんどだった。

 「もうこんな時間だ、楓ちゃんありがとうね! また明日ね!」

 「うん、こちらこそ。また明日ね!」

 明里がおやすみーと通話を切ったと同時に、瀬戸さんが太一に話かけた。

 「お疲れ様」


 通話口からは太一の低めの声が聞こえてくるが、その言い方は瀬戸さんが話していると太一には分かる。

 「あぁ、疲れました。」

 太一は、瀬戸さんの少し高めでも、キンキンしない若い女の子としてちょうど良い声色で言う。これも、瀬戸さんには、太一が話していると分かるのだろう。


 「ところで、何で明里の告白に反対気味だったの?」

 「うーん。告白すること自体は、良いと思うんだけど、今日、明里が言ってた安西先輩とのエピソードって、実は私も全部経験してるんだよね。」


 え? と太一は返す。正直、男の感覚として太一は、明里より瀬戸さんの方がモテると思うから、明里の経験くらい特別扱いではないと体験しているのかと思った。

 「それに、女バスの先輩から聞いたけど、安西先輩は、女バスの先輩にも同じようなことされた人もいるって聞いた。たぶん、安西先輩はそういう人なんだと思う。」

 あぁ、と太一は納得した。つまり、安西先輩は女癖が悪い人だ。

 見境なしに、手を出している人。でも、あのルックスとコミュ力、バスケ部というステータスがあれば、無下にする女子はいないだろう。


 「明里と、もし安西先輩が付き合うことになったとしても、明里が大切にしてもらえるかはちょっと微妙だなと思って。でも、私も安西先輩のことよく知らないし、憶測で悪く言うのもよくないかなと思って。」

 「なるほど。まぁ、上手くいかなかった時は、また相談に乗れば良いでしょ。」

 太一は今考えても仕方ないと思って、少し投げやりに言った。


 「ふふっ、そうなったら、また相談に乗らないとね? ちょっと楽しくなってきた?」

 「全然。」

 瀬戸さんが嬉しそうに聞いてきたが、太一は全否定した。

 早く寝たい。太一はそれしか考えていない。


 「……ちゃん。楓ちゃんってば!」

 隣の席の陽菜が肩をさすってくる。自分がウトウトしてたことに気付かされる。慌てて前を向くと教師は黒板に向けて板書をしているところだった。

 ふぅ、見られずに済んだか。

 太一は胸を撫で下ろし、隣の陽菜に感謝を伝える。

 そして、太一は気づいていないことを望んで、机に忍び込ませたスマホを見る。


 ――通知5件。

 その中身を開いてみると、丸山太一と表示されていた。

 「おい! 寝るな!」

 「その席で寝たら絶対バレるから!」

 「起きろ!」

 「起きろ! 起きろ!」

 全て読む前に太一はスマホを閉じた。

 そして右斜め後ろからの視線に気づいた。あぁ、これ完全に睨まれてるな……。

「ちょっと、次の休み時間来て。」

 瀬戸さんから新たな通知が来ていた。瀬戸さんから招集がかかった。

「承知しました。」とだけ太一は返し、授業に集中した。


 昨日の明里との恋愛雑談が長引いてしまい、今日は寝不足だ。

 結局、恋愛相談という名目で、瀬戸さんはひとつもアドバイス的なことをしていない。していたのは、同意と応援だけだ。それなら、恋愛相談ではなく、恋愛雑談だろう。

 これにずっと付き合ってきた瀬戸さんは偉いなぁと感心した。それと同時に、太一はお断りだとも思った。これは男子と女子の好みの違いなのか、それとも人間性の違いなのか……。

 でもそれが原因で、授業中にウトウトしてしまったのだ。いや、ウトウトで済んでるんだから良くない?

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