第2章 入れ替わり後の日常

第6話 丸山太一の多忙な1日


 入れ替わって数日がたち、体の入れ替わりで考えられる疑問のある程度は分かってきた。

 まず、それぞれの能力はどうなるのか、という疑問だ。

 例えば、瀬戸楓は運動神経が良く、地頭が良い。それに、太一とは比べ物にならない勉強の積み重ねがある。その勉強の積み重ねは体の今の主である太一のものになるのか? それとも瀬戸楓が持ったまま太一の体に移ったのか?


 瀬戸楓が持ったまま太一の体に来てしまっていた場合が問題だ。

 なぜなら、瀬戸楓は心配ないが、元の太一の能力では瀬戸楓の成績を維持することはできない。瀬戸楓は200人いる学年で毎回10番以内に入る成績だ。それに比べ、太一は真ん中あたりを徘徊していた。この差は1ヶ月や2ヶ月寝ずに勉強したところで埋まるものではない。



 その懸念も入れ替わってみて安堵に変わった。

 どうやら、能力は体に宿っているらしい。つまり、瀬戸さん自身は今までどのような勉強をしてきたかという経験と記憶はあるが、勉強した知識や中身は太一の能力に依存していた。初め瀬戸さんは、自分なら分かって当然の問題が、解けなかった時は少し焦ったが、太一に聞いたところ、今まで見たこともない絶対に解けるはずのない問題が解けるみたいだから、この仮説は正しかったみたいだ。


 そして、これは勉強だけでなく、部活でも同じだった。

 太一は体育の授業と登下校の徒歩くらいしか運動をしていない日々を過ごしていた。バイトをしているが、コンビニなので、動き回る範囲はすごく狭い。

 しかし、瀬戸楓はバスケ部。しかも県内の優勝を狙える位置にいる強豪校だ。瀬戸さんでも練習についていくのに精一杯だ。それに、次期エースとして期待されている。監督や先輩のプレッシャーはキツくなるものだ。太一の体力では命がいくつあっても足りない。


 練習にはギリギリついていけていた。これも瀬戸さんが今まで練習してきた積み重ねの賜物だ。


 次に太一が個人的に気になっていた疑問がある。

 それは、「自分は果たして瀬戸楓の生活を送ることができるのか?」というものである。


 太一は、瀬戸さんのルールを聞いた時、この人は同じ人間なのか疑ってしまった。それか、ショートスリーパーでもなければ、これをこなすなんて無理だ。

 そして、この仮説は外れてほしかったが、当たってしまったのだ。

 

 瀬戸楓の朝は早い。朝6時に起きる。7時には学校につき、朝練をする必要があるからだ。

 17時に学校が終わってから、20時まで部活の練習。1時間ほど居残り練習をする。まだ1年なので、練習後の片付けや先輩の練習に付き合うこともある。

 大体21時過ぎに練習が終わり、22時ごろに帰宅。その頃にはヘトヘトでベットにダイブしたい。だが、その気持ちを抑えて、夕食、お風呂を済まし、瀬戸さんとのミーティングを挟んで、勉強をする。ミーティングは、今日あったことを共有したり、相談したりする。

 そんなことをしていると、大体就寝時間は、日付を跨いでいる。

 やっぱ睡眠って大事だわ。

 これが、この生活をして思った感想である。

 

 正直、瀬戸さんと体を不必要に見ないというルールを設けたが、風呂に入らないわけないもいかないし、見ないことは不可能だ。だから、少し、そうほんの少しだけ手が触れてしまったり、目に入ってしまう分には仕方ないだろうという、高校生男子としての義務を果たさねばという気持ちがあったことは否定できない。

しかし、今、太一に何が一番欲しいかと聞けば、間違いなく睡眠時間だと答える。今入浴中に盲目になる呪いをかけられる犠牲が伴ったとしても、睡眠時間が欲しいくらいだ。だが、注意を要するのは、太一はまだ1週間ほどしかこの生活を送っていないことだ。瀬戸さんは、この生活を年単位でこなしているらしい。



 "瀬戸楓は人間じゃねぇ"

 このハードスケジュールをこなしながら、毎日学校の友達と親密な関係を築けていることにただただ驚きだ。


 しかも、この前同じ1年でバスケ部のチームメイトである迫田明里から、以前に0時からその子の恋愛相談を乗ってあげていたと聞いた。今の自分のスケジュールにプラスで1、2時間追加されるとか考えただけでも目が回りそうだ。


 太一にこの生活を続けることはできない。いつか必ず倒れる。

 一刻も早く元に戻る方法を考えないと。


 あの老紳士が言っていた、「両者にとって不要になった時に戻る」の意味が分からない。あの言葉通りに考えると、瀬戸さんにも必要としている理由があるということになる。


 でも、瀬戸さんの1日を体験してみて分かる。

 何かに迷っている人が、こんな生活しない。

 この生活ができる人は、本当に叶えたい夢を持って1秒を必死に生きている人か、頑張らないと爆発する心臓とかつけられていて脅されている人だけだ。


 うーん。太一は唸る。どうしても元に戻る方法は思い浮かばない。

 しかし、今の生活を続けていくのは無理だ。

 正直、今のスケジュールで生きている中で、体を戻すことを考える余裕はない。これは、瀬戸さんに相談してみるべきなのかもしれないと太一は考え始めていた。

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