第4話 入れ替わり②


 「えっと、状況を確認させてね。まず、あなたは丸山くんで良いわよね? それで私が瀬戸。瀬戸楓。同じクラスメイトなんだけど、覚えてる?」

 「それは、もちろん。」

 「オッケー。で、漫画みたいな話だけど、丸山くんと私は入れ替わっちゃったってことで合ってる?」

 「たぶん、そうだと思う。現に、自分の姿が見えてるし。」

 どうやら、俺は、クラスのアイドル、学校のマドンナ、スクールカーストのトップ瀬戸楓と入れ替わってしまったらしい。

 なぜ、こうなったのかというと、瀬戸楓は普段、忘れ物などしない、完璧エリートなのだが、今日という日に限ってバスケットシューズを教室に忘れて来てしまったらしい。それを取りに来たところ、俺とぶつかったということだ。


 本来、佐々木と入れ替わり、「インキャ」の身分を味合わせることが目的だったのに、佐々木より上位のしかも異性の瀬戸さんと入れ替わってしまうなんて……。

 佐々木は同性だし、どうせ1週間程度の入れ替わりだと思っていたから良いが、瀬戸さんはこんなド底辺インキャと入れ替わるなんて完全に被害者だ。しかも、瀬戸さんと入れ替わるとか、そのつもりがなかったんだから、戻る方法も今のところ思いつかない。これは、事情を話して謝罪して、お互いの体に戻る協力を第一に考えるべきなのではないか?


 「で、なんでこんな状況になったのか心当たりはある?」

 瀬戸さんはこんな状況でも、いつものように優しく絡まった紐をほぐすかのように聞いてくれる。俺は強い罪悪感に苛まれた。

 俺は瀬戸さんに指輪のこと、その戻る方法が【両者にとってこのリングが不要になること】という老紳士に言われたことをそのまま伝えた。全ては瀬戸さんへの罪悪感からだった。瀬戸さんには土下座で謝罪しようとしたが、自分の体で土下座されるのは抵抗があると止められた。

 瀬戸さんは、一度も俺を怒鳴ったり、責めたりしなかった。というより、人に当たる前の段階で、この現状を受け止めきれていないのかもしれない。

 「はぁ……そもそも必要としてないよ……」

 瀬戸さんは体育座りをしながら、消えいるような声で言う。そこからは怒りよりもこれから先どうすればいいのか途方に暮れた様子が伺える。

 「ほんとに……ごめん……」

 太一は謝る他なかった。これほど、頭に今言うべき言葉が出てこなかったのは初めてだ。

 「なんで今日に限ってバッシュ教室に忘れるかなぁ。それでも私そんなに走ってなかったのに、丸山くんが出てくるタイミングとバッチリ合っちゃうなんてね…」

 瀬戸さんは頭をかきむしりながら言った。そして聞こえるような大きさで長めのため息を吐いた。

 太一は、確かに走ってくる足音が聞こえたのだが、今は何を言っても自分の言い訳をしているように聞こえてしまうため、何も言わないことにした。

 「ところで、本当は誰と入れ替わろうとしてたの?」

 「え?」

 「だって、君嬉しそうにないからさ。私と入れ替わる予定なら、そんな申し訳なさそうにしないでしょ。」

 「あぁそうか……。実は佐々木くんだよ。」

 「なんで?」

 「たぶん嫌われてるから。1回くらい俺と同じ立場を知れば俺のこと理解できると思った。」

 「え?いじめられてるってこと? それなら、佐々木くんとは仲良いし、話してあげる。」

 「いや。いじめとかじゃない。ほんの1週間程度のつもりだったんだ。それで、佐々木くんにも、俺と同じ立場の気持ちが分かると思って……」

 「立場って? 同じクラスメイトだし、何も変わらないじゃん。」

 「ほら、俺はスクールカーストに入りすらしないモブキャラだから。佐々木くんや瀬戸さんみたいな人気者には、分からないよ。」

 「ふーん。」


 「あれ、瀬戸さんと丸山じゃん。何やってんの?」

 太一と瀬戸さんは、同時に教室の扉の方に体を向ける。佐々木淳だった。額には汗が流れており、若干だかユニフォームも土で汚れていた。練習中に来たのだろう。

 「ちょっと忘れ物をね」

 瀬戸さんはいつも通り明るい感じで答えた。僕の体で。

 それを聞いた佐々木淳は驚いた様子を見せた。その反応は当然で、佐々木と僕はまともに会話をしたことが無い、にもかかわらず、あまりにもフレンドリーな返答が返ってきたからだ。

「お、おう、そうか。俺も忘れ物取りに来たんだよ。まさか先生に捕まって、遅くなっちまった。それじゃまた明日な!」

 佐々木は小走りで忘れ物を取ってから、かけて行った。よく見えなかったが、その時振り返って見えた顔は笑っているようにも見えた。俺なんか、普段話さない人から話を振られたら挙動不審になり、吃って、友人を無くしたというほどの自己嫌悪に陥るのに……と太一は関心の眼差しで練習に戻る佐々木を見送った。

 「嫌われてなさそうだけど?」

 瀬戸さんは太一の体で話しかけて、普通に返答が返ってきたことに対して言っているのだろう。だが、太一の関心事は自分が嫌われているかどうかではない。

 「そんなことより、ちょっとフランクに話すぎだよ。俺の体なんだから、今までの俺とスタンスを合わせてほしい。」

 「は? 意味わかんないんだけど? あれくらい普通じゃん。」

 「いや、さっきの佐々木くんの驚いた感じ見たでしょ? 僕にとっては普通じゃないってことだよ。」

 太一にとってみれば、この入れ替わりは不本意なもの。出来るだけ周りからも自分達も何事もなく元に戻るのが目標だ。瀬戸さんの好きにされては、体が元に戻ったとしてもその先に元通りの日常が戻ってくるとは限らない。特に中身が超絶コミュ強の瀬戸さんだ。野放しにしておいてはこれまで距離を置いてきた人間関係が壊れてしまう。

 太一は人と親しくなればなるほど苦しいだけだという考えが根本にある。

「ふーん、まぁ……、分かったわ。じゃあ、お互いにルールを決めましょう。君にも私の普通に従ってもらうから。」

「もちろん。」と太一は頷いた。

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