第10話

 日本では、クリスマスと言えばチキンのイメージだが、欧米では七面鳥を食べる、というのは聞いたことがある人も多いと思う。では、なぜ七面鳥なのか?


 元々は、米大陸に移住したイギリス人が、母国から持ちこんだ作物がうまく育たなず、食べるものに困っていたところ、それを見かねた先住民が七面鳥をプレゼントして、その翌年にイギリス人が感謝の祭典を催した際にふるまわれた料理の中にも七面鳥があったため、お祝いの定番料理になったのだとか。


 じゃあなんで感謝祭じゃなくてクリスマスに食べるんだ、という疑問も浮かぶが、キリスト教のお祭りで騒いだ1週間後にお寺の除夜の鐘をありがたがり、日付が変わる頃には神社に参拝する日本人には言われたくないだろうから言わない。まあでも、よその国の宗教にも寛容でありたいとは思うのはやはり日本人だからだろうか。ついでに、除夜の鐘がうるさいとかいう連中は耳栓して寝てろ。


 イブにデートする相手もなく、かといって非リア医たちの当直争奪戦にも敗れたわたしは、実家でその夜を過ごすことにした。家族に会えるのはうれしいのだが、これから起こるはずのことが容易に想像できるだけに、なんとも言えない複雑な気分だ。


 仕事を終え、姉との待ち合わせ場所であるヨダバシに向かう。東西自由通路の『焼きたてパンマン像』の脇に立つツリーの前を過ぎると、すぐ右手にまだ新しいビル。そして、その前にも電飾輝くツリー。リア充たちや家族連れが順番待ちで記念撮影している姿がほほえましくもあり、少しうらやましくもある。


 幸せそうな人たちを横目に、駅の2階から出るとお店の3階につながるという、慣れない人ならまちがいなく混乱するヨダバシビルに入ろうとすると、入り口近くのおにぎり屋さんで、各種おにぎりを大量に買い込んでいる人物の姿が目に入る。待ち合わせは店内のはずだったが。


 こんな日に一人でおにぎりを大量買いする女なんて、人口100万都市のこの街でも一人しかいないだろう。


 「あさひ、なんでおにぎり買ってるの?ケーキとチキンを買うんじゃなかったの?」

 「あ、ルナお疲れ~。もちろんそれも買うけど、準備運動は必要でしょ?」


 飲み会の前に「練習」と言って、先に会場に到着した者たちだけで飲み始める風習が一部の地域にあるらしいが、それと似たようなものか。


 「ことしはホワイトクリスマスになったから、白米が似合うし」


 まあ去年より気候もギャグも寒いよね。いや、本人は本気なのかもしれないが。深く考えてもしかたないのでとりあえず本来の目的を果たすことにする。


 「ケーキはどこで買う?カズノリタニダは例によって大行列で買える気がしないよ」

 「あ~、今年はスポンジだけ買って、自分で作ろうかと」

 「それもいいか。じゃあ、チキンだけ買っていく?」

 「何体買おうか?」


 ……「体」?

 

 「自分で焼くつもり?聞いてないんだけど」

 「焼いている間に食べる分は、コープ店内の『ニュージャージー・フライドチキン』で買えばいいかと思って」


 料理しながらもやっぱり食べるのか。


 「いまさらだけど」

 「ん?」

 「それなら、自宅集合で椿岡のコープに行けば済んだのでは?」

 「だって、ツリー観たかったし」

 「ツリーならPARKOでよくない?」

 「PARKOは東口じゃないもん」


 家が東口側ということで、姉は昔から東口が大好きだ。ヨダバシができる前は「駅裏」と呼ぶほうがふさわしい街並みだったような気もするが、いまはプロ野球の球場もあって常に人は多い。

 整備された大きな道路に面して、都会らしい建物が並ぶようになったし、少し前に取り壊された結婚式場跡にはタワマンが建つ予定らしい。東口は、これからもどんどん発展していく未来が見える。駅を出たとたんに大きな廃墟ビルが目に入る西口とはたしかにちがうとわたしも思う。


 大量のおにぎりを抱えた姉と、不本意ながら二つのツリーをバックに記念撮影して、歩いてコープに向かうことにした。お店につく頃には「買ったものを持つために手を空けておかないと」という理由で、おにぎりはほぼ消費されつくしていた。大量の鶏肉と生クリーム、いちごを買い込み、レジを済ますとそこにはフライドチキンを買い求める行列。わたしが順番待ちする間に、姉には隣接する酒屋チェーンで飲み物を買ってきてもらうことにした。


 スパークリングワインの2本程度を想像していたが、戻ってきた姉の手に下げられた袋には、ワインボトルの他に、なにやら日本酒らしき瓶もたくさん入っている。


 「なんで日本酒?まあいいけどさ」

 「わかってないなあ、ルナ。これは『さざ音』という、我らが『三ノ蔵』さんの発泡清酒だよ。地元のスパークリングなんだよ?」


 地元の商品ならしかたがない。わたしにも人並みに地元愛はあるのだ。


 自宅につくと、さっそく調理にとりかかる。姉が鶏肉を焼きまくる間に、わたしは生クリームを泡立て、いちごを切り、スポンジケーキをデコる。


 ホールケーキが2個出来上がるころ、チキンも焼き上がったが、買い物の量の割には料理が少ない気がしてちょっと安心する。


 「思ったより控えめだね、ことしは」

 「あー、ごめん。味見で鶏3羽分くらい食べちゃった」

 

 いや、焼き上がったばかりだよな?そういえば、フライドチキンもいつの間にかなくなってるゾ?


 さらに追加で3羽分ほどの鶏を食す姉。ケーキはわたしと母が中心角45度分ずつ、残りはもちろん姉の分だが、翌日に残ることはなさそうだ。それにしてもこの発砲清酒美味しいな。


 鶏の脚一本とケーキだけでお腹はいっぱい。ほどよく酔いも回ってきて、いつの間にか姿を見なくなった人たちの話題など、ひとしきり一年を振り返るとそろそろ料理やお酒とともに話題も尽きてくる。


 「そろそろお開きにする?」

 と言うと、


 「〆はお蕎麦でいい?もうすぐ年越しだし」

 

 いいわけないだろ。



 



 

 

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懲りないアサヒのトリセツ あさひ @asahiaoba

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