第9話
市販の板チョコや割チョコを溶かして型に入れて固めたものを何という?
答えは「手作りチョコ」。
それでいいのか、と思って本物の手作りチョコを作ってみようと思ったことがある。カカオの入手は難しそうなので、せめてカカオマスから作ろうと思ったけど、カカオマスにココアバター、ミルク、砂糖などを混ぜるというのはわかるが、そのココアバターもカカオマスから搾り取るそうだ。
では、カカオマスからココアバターを搾り取った残りは何かというと、それがココアになる。国内で有名なチョコレートを製造・販売している企業は、カカオマスにココアバターを足してチョコレートを作り、残ったココアも売っている、ということらしい。
なお、チョコレートの原材料を見ると、植物油脂とカカオバターは別物のようで、チョコレートは作っているけどココアは売っていない企業には、この辺に秘密がありそうだ。
新作の春物がショップに並び、暗い色の冬服たちはセール品へ。そんな季節のとある3連休最終日。きょうは、姉とアヤと3人で、一番街にチョコレートを仕入れがてら春物を見定めに行く予定だ。
最初に行く予定なのは、創業200ン年の地域住民に愛され続ける老舗デパート。
「F崎さん」と呼ばれ親しまれるここは、駅の待ち合わせスポットで有名なステンドグラスを寄贈したことでも知られる。わたしたちが生まれるはるか以前から、市民とともに歩んでいる、地元経済界のシンボル的なお店だ。
姉が指定してきた待ち合わせ場所は、そのF崎さんの南側にあるゾーンモール一番街。一番街の中では比較的人は少なめとはいっても、別にF崎で待ち合わせでよかったのに。
すでにアヤは来ていて、地下鉄の出口の方向に向いて姉の姿を探していると、後ろから、
「ごちそうさま、じゃなかったおはよう。ん?こんにちは?」とのんきな声。
「あさひ、どこから来たの?」
「え、そこの『理久』だけど?」
「牛タン食べてたの?!」
「いいなあ~、わたしも食べたい牛の舌」
アヤ、そこじゃない。
「買い物終わったら、お昼いっしょに食べる約束じゃない」
「大丈夫、2度目のお昼も食べるから」
ああ、こういうヤツだった。聞いたわたしがまちがっていた。
「朝ごはんは食べたんだよね?」
「食べてないよ。パンだけ」
その屁理屈いうヤツ久しぶりに見たな。
「パンはお腹空くよね~」とアヤ。まあ、それはわかる。
「ちなみにどれくらい食べたの?」と聞くと、姉は黙って指を一本立てた。
「1枚だけ?それはお腹空くわけだ」
「え、1ダースだけど……」
えーと、一口パンかなにか?
「いつもは6枚切りなんだけど、きのうは売り切れてたから8枚切りを買ったんだよね」
ああ、8枚切りは薄いからね。って、いつもは食パン2袋食べてるのか。
とりあえずF崎の特設コーナーで各自買い物をして、時間を決めて落ち合うことに。お世話になっている部長には、ちゃんとしたものを買わなきゃなあ。同期の男子たちには一袋いくらとかのアレでいいか。
わたしが最初に買い物を終え、すぐ後からアヤが大きなショッピングバッグを手に戻ってきた。
「アヤは何人くらいに配るの?」
「ん~、たぶん5人以上40人未満」
ずいぶんアバウトだな。
「おふぁふぁふぇ~」
頬を膨らませて現れた姉の手にはチョコではなく、サンドイッチ。
「あさひ、なんでカツサンド食べてるの?!」
「だって、F崎さんにきたら平々三元豚のカツサンド買うでしょ?」
いや買うけども。きょうの目的はそこじゃない。
「あさひ~、チョコはどうするのぅ?」
アヤの言うとおりだ。何しに来たんだ。
「このあと四越行って買うよ。春物見るでしょ?」
行くけどさ。だったら、最初からそっち行ってればよかったのでは。
その後、まっすぐ600メートルほど歩くだけで着くはずの四越デパートへ向かったものの、曲がらなくていい角を曲がる姉。
「ちょっと、そっちはモナカ屋さんじゃない!」
「ちがうよ、生シュー買いに行こうと思って。いま1個108円で買えるんだよ」
そういう問題か。
その後も両手を広げた社長さんの姿に吸い込まれそうになったり、たい焼き屋さんの前で座り込んで動かなくなったので、しかたなく買い与えたりして、わずか600メートルを1時間以上かけて移動し、もう少しで目的地、というところで姉の姿が消えた。
と思ったら、何か白い板状のものを咥えて出てきたお店は北の大地のアンテナショップ。
「どこ行ってたの?!」
「ひゃふぁふぁあ、みふぇふぁわふぁひゅでふぉ」
なに言ってるかわかないけど、もういい。好きにしろ。
「お花亭のホワイトチョコって美味しいよね」
板チョコを割らずにかぶりつく女性は初めて見たけどね。
どうにかこうにか買い物を終えて、姉の手にもチョコがいくつか買ってあるのを確認したと思ったら、アヤの荷物が妙に小さいことに気がついた。
「アヤ、さっき買ったチョコどこやったの?」
「あれは自分用だからね~。もう食べちゃったさ~」
こういうときは、ブルータス、っていうんだっけ。もしかして、わたしってものすごく忍耐力あるのでは。
どうやらアヤが手に持っているのは割チョコだけのようだ。
「まさか、いまから手作りするの?」
「まさかだよ~。これなら人数分に割って適当に食べてもらえばすむからね~」
わたしより雑な配り方するヤツがいた。
「ルナ~、これもう少し細かく割れない?」
疲れてきたので、それをきょうの最後の仕事にしよう。
「アヤ、それ頭の上に乗せて」
久しぶりの上段回し蹴りだなあ。顔に当たったらゴメンね。
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