渡河
十余一
誰そ彼
一人の男が、
もうじき
生温い風が吹きすさぶ河原で、男は考える。
男が
渡し守は
「銭か?」
男が聞くと渡し守は黙って首を縦に振った。男は銭など持ち合わせていない。それどころか
短い髭の中にある
そうしているうちに後からやってきた
男はどうにか河を渡れないかと
ほどなくして男の目前に大樹が現れた。幹はうねり、枝は澱んだ空を穿つ。根元には痩せこけた背の高い老婆が座っていた。男は、その白髪頭に
思案はそこで途切れた。振り返った老婆は男を見るなり、
行く手を塞ぐ老婆のはだけた胸元には垂れた皮膚と浮き上がる肋骨。鶏の足のような、骨と皮ばかりの腕のどこに力が秘められているのか。押し合いつかみ合いの末にねじ伏せられた男の頭に「太刀さえあれば」という考えが過ぎる。
そうだ、太刀だ。困窮の底にあっても決して手放さなかった白い鋼。その行方を探るべく記憶を辿り、男は思い出した。かつて自分が引き剥がした
男は、かつて己がされたように弁明する。
「仕方なくした事だ、大目に見てくれ。仕方なくした事だ!」
老婆もまた、かつての男がしたように
「己が仕出かした事ぞ。恨むのなら、己が身を省みて恨むのじゃ」
老婆は男の襟を掴み上げ、すばやく着物を剥ぎ取った。どれだけ許しを請い、救けを求めても酌量されることはない。蹴倒された男は這って老婆を追いかける。見上げた先には、ただ、赤々とした空があるばかりである。
色褪せた紺の衣を懸けた大樹の枝がしなる。男は己が犯した罪の重さを知った。
渡河 十余一 @0hm1t0y01
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