頼まれた夕日 (カフェシーサイド)
帆尊歩
第1話 頼まれた夕日(カフェシーサイド)
昔、囚人への苦役の一つに、こんなのがあった。
重い荷物を山積みに置く、一つは男一人が肩 に担いでやっと運べる程度、それを何メートルかの所に運ばせる。
終わると戻させる。
この繰り返し。
何の発展性の達成感もない仕事。
これがもっとも堪えるらしい。
砂掻きの仕事はこれに似ている。
「ああ、もうヤダ」と叫ぶと僕はスコップを放り出し砂の上に寝転んだ。
頭の上にはカフェシーサイド「柊」の高床式になった店の床が広がっている。
視線を落とすと、浜辺に小さな女の子と、その父親らしいおじさんが浜辺に座って海を眺めていた。
なんと微笑ましい。
するとおじさんが、女の子に何かを言い含めその場を立ち去った。
僕は特に気にせず、三メートル上の店に戻り、謎のオーナー遙さんにこき使われて、日が欠けて来た。
浜辺に女の子がまだ一人で座っている。
「遙さん、あれ」と僕は遙さんに言う。
「知ってる、昼過ぎからいるよね」
「どうします」
「連れておいで。あんな所で一人、かわいそうに」
「はい」
「どうしたの、一人で」三歳くらいか、可愛い熊のリュックとおそろいのポーチをつけている。
「あそこのお店のおばちゃんが、ジュース飲ませてくれるって。おにいちゃんと一緒に行こう」と言って気付いた。
これって子供の連れ去りの常套句じゃないか。
案の定女の子は困ったように僕を見る。
「ちーちゃんね。パパに頼まれたの。ここで夕日の番をしていてねって。だから、ここにいないといけないの」
「じゃあ、あのバルコニーなら夕日も見えるし、パパが戻ってもすぐ分かるよ。だから行こう」そう言うとよほど喉が渇いていたのか、女の子は素直に着いてきた。
まあ昼過ぎからだから三時間くらいは座っていたのだ、無理もない。
女の子を「柊」に連れて帰ると。
「おばちゃん。チーちゃんにジュースをください」と可愛い熊のリックから、これまた小さな熊の財布をだして有り金全て、百十二円を出して来た。
「おば、おば、おばちゃん?」遙さんは般若のような顔で僕をにらみつけた。
僕は目をそらして椅子を綺麗に並べた。
遙さんの口が覚えてなさいよ、という形をしていた。
そして遙さんは天使の顔を装って、その場でオレンジを搾ってジュースを出してあげた。
「おつりです」と言って遙さんは百十円を返してあげた。
うちのジュースは二円だったけ。
床に付かない足をばたつかせながら「おいしい」と女の子は満面の笑みで、遙さんを見つめた。
「パパが帰ってきたらパパにもお願いします」
「はい、喜んでー」居酒屋かよ。
僕も遙さんも見解は一緒だった。
僕と遙さんは目配せをして、僕は「柊」を出た。
可能性は二つ。
一つはチーちゃんを捨てていった。
そしてもう一つ。
雰囲気ではこっちの可能性が高い。
僕は漁港に向かった。
防波堤に知り合いの漁師がいた。
「三、四十のおじさんこの辺に来なかった」
「そんな、漠然とした特徴で分かるかよ。と言いたいところだけど、見た。この防波堤歩いて行った」
「ありがとう」僕は、細く長い堤防を全力で走って先端の所まで来た。
おじさんが今まさに飛び込もうとしていた。
「待てー」おじさんはその声がよほど意外だったのか。
こちらを振り返った。
その目は怯え切った感じで、今にも飛び込みそうな勢いだった。
僕は飛びかからんばかりに近づいた。
おじさんを抱きしめようとしたら、僕の形相に驚いたおじさんはよけやがった。
おかげで僕は、バランスを失いそのまま海へとダイブ。
おじさんは怯えてその場にへたれこんだが、それでも堤防の上にいる。
海に落ちた僕は、自分が泳げないことを思い出したが、後の祭りだ。
足の付かない海に僕はパニクる。
ところが横に浮き輪が投げられた。
浮き輪にしがみついて、上を向いた。
さっきの知り合いの漁師が自分の船を横につけていた。
「心配になって船、出したけれど。まさか本当にこうなるなんて」とあきれたように言った。
おじさんさんを「柊」に連れて帰ると、
「あっ、パパだ」と言って、チーちゃんは足の付いていない椅子から、元気良く降りるとおじさんの前に行った。
「チーちゃんね、頼まれたように夕日さんの番していたよ。パパ遅い、夕日さん沈んじゃったよ」おじさんはチーちゃんを抱きしめるとその場に泣き崩れた。
「パパ、なんで泣いてるの。ちーちゃん、ちゃんと頼まれたように夕日さん見ていたんだよ」
「ごめんな。ごめんな」
「パパ、泣かないの。おねえちゃんのジュース凄くおいしいんだよ。チーちゃんおごって上げる。だから泣かないの」それからもおじさんは泣き続けていた。
そんな二人を眺めながら遙さんが言う。
「私をおばさんて教えたこと、覚えているわよね」顔は笑顔のままだ。
「勘弁してくださいよ。海に飛び込んでこんな状態なのに」
「眞吾君、なんであんたがずぶ濡れなのに、あの人は濡れていないの?」
「あっ、話すと長くなるんで」
頼まれた夕日 (カフェシーサイド) 帆尊歩 @hosonayumu
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