第7話 蹂躙

驚くってより、納得した。空野いるかは、表面上は人当たりがよかったけど、あたしのこと気に入ってないのがなんとなくわかってたから。ふうん、本性を現し始めたか、ってくらい。

意外? でもないよね? 清楚キャラで男の人は騙されてたけど、ゆーたんはわかってたよね。ああいうのってなんとなくわかるよね。あたしが好きなら、あたしと相容れない女のこともわかるでしょ?

ナナは多分、臆病だからいるかに持ち掛けられて断れなかったんだと思う。だけど同じだけ気の強いあたしに黙っているのがつらくなったんだと思う。平和主義なんだよね。あの子はキャラ通りだよ。「プリリリ」のファンを最も持ってたあたしといるかのどちらかにつくのが嫌だったんだ。どっちにも好意を持っていてほしかったんだ。

でも結局それは悪手。結末は知ってるよね。犯人がわかったあたしは当然いるかを問い詰めた。しらを切られたけど、いるかはすぐに密告したのがナナだって気づいて、標的をナナに変えた。ナナはそのせいで鬱になって消えるように辞めてった。


辞めたメンバーの色を埋めるように新規メンバーが追加されたけど、いるかの権力は変わらなかった。小鳥遊ばななはナナと違っているかに全部ベットしたし、綺羅蔵くすりは名前通りヤク中だったんだけど、それをいるかが運営に密告してすぐ辞めさせられた。

運営はいるかを贔屓するようになった。それが半年くらい前かな。あたしといるかが中心になってた「プリリリ」だけど、運営にとってはメンバーいじめの前科があるあたしと法律破っちゃってるメンバーを報告してくれたいるかだったらいるかを信用するに決まってるよね。

あとは……あとは、想像通り、かなあ。いるかは、本格的にあたしを追い出そうとし始めて、いろんな嫌がらせを受けた。そんなのに屈するもんか、って抵抗してきたけど、そういうあたしをメンバーも運営も化物でも見るみたいにしてて。このまま、ここに……「プリリリ」にしがみついてても、なんにも良くならないな、って。

だから、辞めた。

辞めさせられた。

あたしは、アイドルでいたかったの。



***



話し終えると、ちぎりは冷めたご飯を一気に掻き込んだ。私は箸を空中に浮かせたまま呆然とそれを見ていた。呆然とするしかなかった。ちぎりが大好きだから。ちぎりがつらい目にあっていたのが許せなかった。それに気づいてなかった私も許せなかった。

そりゃ、最初に星咲たまごが抜けた時から、微妙な不和くらいは感じてはいたけど、その程度で。それ以上気にかけなかったのは、たぶん、私がちぎりを「強い女の子」と信奉していたからだと思う。ちぎりはアイドルで、強い子で、きっと女の子同士の小さな共同体を継続していくことは大変だろうけど、うまくやるのだと。信奉していた。そうじゃなければファンじゃない。でも、そうじゃなければ、苦しむちぎりに何かしてあげられたんじゃないか。私の役割名が何でも、とにかくちぎりは世界一大好きな人だから、何かしてあげたかった。胸が痛くて、胃にはまだまだ空白があるのに、吐きそうだ。


「そんな顔しないで、ゆーたん」

「……ごめん」

「辞めたくなかったけど。いるかが……あたしを邪魔者にした人達が恨めしいけど。でも後悔はしてないよ」


ちぎりが、空になった器を重ねながら笑った。背筋を伸ばして、深呼吸する。私をまっすぐ見据えて、指を差す。空気が変わった。たぶん、たぶん、ちぎりは「強い女の子」に違いないのだ。すっごくつらかったけど、それを乗り越えて、なお燃えている。


「ゆーたんがいるし」

「う……?」

「あたしはアイドルでいたいの。今思えば、別に「プリリリ」じゃなくたってよかったんだ。あたしがアイドル。あたし、あたしね」


ちぎりは私に向けて伸ばした人差し指で私の鼻をちょんとつつくと、その指を自分の顔に向けて、鼻をちょんとつついた。悪戯っぽく、支配的に、甘やかに微笑む。


「あたし、ソロでアイドルやる。この泥まみれの暗ぁい地下で、ひとりのアイドルとゆーたんで、地上まで這い上がるの。

「プリリリ」を見返す。復讐して、追い出すんじゃなかったって後悔させてやる。

それだけじゃ済まない。有象無象のアイドルを踏みつけて、オタクを全部私のものにして、世界中をあたしのために燃やしたい」


ライブハウスが燃えるのを忘れられないのだ。

私達は。

ちぎりが立ち上がる。ボロボロで脱ぎかけの衣装が、ちぎりにしがみついて揺れる。

彼女の燃える瞳を追うように、私も無意識に立ち上がる。


「あたし、夕焼ちぎりは、アイドル界を蹂躙する」


自信たっぷりで傷だらけの手を、自分から取った。ちぎりは少し驚いて、握り返してくれた。

テーブルに足が当たって、どちらかの箸がカランと落ちる。ここは狭くて、壁も床も薄くて、飛び上がることも大声を上げることもできない。小さな彼女の城。


ちぎりが目で訴える。

一緒にやってくれるよね?

私は頷く。


だって、だって、ライブハウスが燃えるのを忘れられないのだから。

彼女が燃やすのを忘れられないのだから。

夕焼ちぎりが、世界中を燃やすところなんて、絶対に見ないと、死ねない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイドル夕焼ちぎりの蹂躙 鳳ひより @Otorihiyori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ