第6話 水と油

「おいしい。おいしいよ」

「ほんと? かんぺきでしょ?」

「完璧。幸せ」

「やった」


ちぎりの作ってくれたスクランブルエッグとさっきまで凍っていた白ご飯が、身体中に幸福を運んでくれる。本当に簡単な料理で組み合わせもちょっとちぐはぐだけれど、私にとっては世界一の朝ご飯だ。ちぎりが作ってくれたのだから。あと、ほとんど丸一日ぶりのご飯だから。昨日はちぎりの卒業がつらくて何も喉を通らなかった。

ちぎりは高い声で喜んで、自分でも数口運んで「うん」と満足げに頷く。案外控えめな人なのかもしれないと思った。ステージの上でも接触でも「あたしが最高なのは当たり前」という風に自信たっぷりに振る舞っていて、今のやり取りだってそういう風に見せようとしていたけれど、それは本当に存在している自信ではないような。キャラづくりなんてあって当然かもしれないが、それよりはもっと彼女の本質に近い振る舞い。

少ししてちぎりが箸を止めた。私が口の中のご飯を飲み込んだのを確認して、声色を計りかねるように慎重に話し始めた。


「それで、あたしがアイドルを辞めた理由だけど」

「……うん」

「なるべくまとめるけど、長い話になると思う。全部ちゃんと聞いてね」

「ちぎりの話はなんでも聞くよ」

「……はじまりはね。三年くらい前かな。最初にメンバーが辞めた時」


***


三年前、辞めたのは星咲たまご。ゆーたんは知ってるよね。発表した卒業理由は「学業との両立が難しくなったため」だった。そんなの嘘。たまちゃん、二十一のフリーターだったし。

本当の理由は「もうアイドルやる気なくなった」からだと思う。たまちゃんはそもそもなんとなくちやほやされたくてアイドルになったって言ってたし、やる気はあんまりない方だったの。最初からレッスンもさぼりがちで、だから一番歌も踊りも下手だったけど、設定は高校生の最年少キャラだからそれも愛嬌として売り物になってた。

辞めるまでの数か月、たまちゃんのさぼり癖は酷くなってて、あたしは困って何度かたまちゃんと話し合った。話し合ったっていうか、あたしが一方的に叱る感じになっちゃってて、それも悪かったんだ。

そのうちあたしが運営に呼び出されて、たまちゃんが「ちぎりにいじめられてる」って相談してきたって言うの。びっくりした。そんなつもりなかった。だけどさ、いじめっていじめられてるほうが「いじめられた」って思ったら成立するって言うし、あたしは一瞬素直に反省した。でも結局、たまちゃんのは確実に悪意があったんだよね。

運営は、たまちゃんから「どんないじめを受けたか」聞いてた。それを教えてもらったんだけど、あたしに身に覚えがあるのはさぼり癖を叱ったことだけ。

バカとかブスとか、人格を否定するようなことを言ったとか。ファンの前で悪口を言ったとか。私物を盗んだとか。やってないよ。でも、運営はもうたまちゃんの味方で、全部あたしが悪いと思い込んでた。


「レッスンの態度で叱っちゃったことはあります。でもそれ以外やってません。悪いけど、たまちゃんの思い込みじゃないですか」

「でも、本人が証言してるから」

「じゃあ、他のメンバーにも聞いてください」

「聞いたよ。聞いたうえで今言ってる。他のメンバーも、そういうことをちぎりがやってるの見たって」


どういう意味かわかる?

たまちゃん以外のメンバーに、あたしを悪意で刺そうとしてる子がいるってこと。

その時までの二年間、あたしは「プリリリ」はそこそこ円満だと思ってた。活動始めて数か月で揉めて解散するグループだって星の数ある中で長く続いているほうだし。仕事以外でも遊ぶメンバーだっていた。めちゃくちゃ仲良いってわけでもないけど、程よい距離感で過ごせてる五人だったよ。


結局たまちゃんはライブも休みがちになって辞めた。しばらくしてから、ナナ……四葉ナナがこっそり報告してくれた。


「たまちゃんのこと……。ちーちゃんのせいにしようって言ったの、いるかちゃんなの」


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