畑の真ん中で嫁子は叫ぶ

緋雪

食べないなら何故植えるぅううう!!!

 これは、義母の畑、全盛期で、家族が皆家にいた頃のお話。


 ちょっとだけ昔のお話である。



 嫁子が農家に嫁いだのは、春の初め。郷里では、嫁子の新たな人生を祝福するかのように、実家の向かいの桜の木が、一輪の花を咲かせた。


 初々しかったなあ。


 いや、初々しくもない。再婚だし。こんな年だし。子連れだし。病気で大した仕事できないし…。

 などと、今日も、ザクザク草を刈りながら、嫁子は思考を遊ばせる。


 単純作業は好きだ。特に、結果がすぐに見える作業は。だから、嫁子にとって、草刈りは苦痛ではない。ただちょっとだけ増えすぎた我が身の重さと、足腰が戦っているのがキツイだけだ。


 ふぅ。


 一度立って腰を伸ばすと、ハウスの中で義母が何かやっているのが見える。…今度は何を植えた?義母のところへ行ってみる。


「何植えてるの?」

「ここにね、セロリ植えたから。」

「ふ〜ん。わかった。」

「あ、ちゃんと札立てとくから。」

「…お願いします。」


 何か植えても札をつけていないと、嫁子は、それが何かの芽だとも気付かずに、踏み荒らしたり、最悪、草だと思って抜いたりする。2年連続、キャベツが全滅したので、義母が流石に札を立てるようになった。


 それにしても、セロリなんて、クセが強くて香りが独特だから、好き嫌いが分かれるところだけど、食べるんだなあ。

 まあ、私や娘たちは好きだけど。義父の歯には厳しいし、夫は絶対食べないから、殆ど要らないんだよなあ。

 広いハウスの横半分に、一列に並んだセロリの畝を見て、嫁子は、ちょっとため息をつく。2本くらいでよくない?それとも義母は毎日食べたいほどセロリ好きなんだろうか?


 ついでに、何が植えてあるのかチェックする嫁子。


 唐辛子?…嫁子の記憶が確かならば、義母は辛いものが苦手だ。何故、こんなところに唐辛子?

「これ、どうするの?」

義母に尋ねる嫁子。

「ああ、それね、○○のおばちゃんが好きだから植えてるの。」


 うちの家計で買った苗で、他所様よそさまんちの野菜まで作らなくてもよさそうなものだが、堂々と作っている義母が、そんなこと気にもしていないので(いや、してよ)、諦める嫁子。



「あっ、二十日大根と、大根と、人参、間引いて持ってっていいからね〜。」


 そう言われ、それらを間引く嫁子。間引く数がハンパない。うちの肥料いっぱいで耕された、いい土壌で、何故こんなに混み混みで種を3〜4個ずつ植える必要が?全部育つに決まっているだろう。

 食べられる量だけ間引くと、後は義母が穫るだろうと、放置した。


 数日後に行くと、その後間引かれた大根や人参は、そのまま干乾びていた。…えっ?食べるんじゃないの?


 うちは甘酢漬けにしたり、ピクルスにしたり、切って味噌汁の具にしたりと、なんとかして、夫以外の家族に食べさせたというのに。

 ちなみに、夫は、この手の野菜は一切食べない。

 葉物野菜は白菜とほうれん草とニラくらい、あと、なすとピーマンと玉ねぎとじゃがいもとコーンくらいしか食べないのだ、あなたの息子さんは!


 本当に、親の顔が見たいものだ。



 外の畑には実りまくったズッキーニ。店頭に並ぶサイズを大きく、おお〜きく上回る。ちょっとしたバット。


 嫁子は、ズッキーニが大好きだ。オリーブオイルでベーコンとさっと炒めてハーブソルトで味付けしたり、ラタトゥイユにするのもいい。

 が、そんな嫁子をもってしても、バットズッキーニ、2回分で一本あれば、十分だ。娘たちは喜んで食べるが、義父と夫には見えてないようである。


 そのバットを抱えきれないほど収穫して、義母はどこかへ持って行く。出荷か?…うちには何の収入にもなっていないのだが…。


 一度、ズッキーニの料理をあげたことがあるが、難しい顔をして言った。

「私、ズッキーニ、食べないのよ。」

「…。」


 植えたの、あなたですけどね?


 実は、義母も、息子に負けず劣らず好き嫌いが激しい。食べない野菜も沢山ある。それなのに、それも植える。


 先述のセロリにしても、本人は全然食べない。


「じじ(義父)が好きでしょ?」

…じじ、7株も8株も食べないと思うのだが。


 とにかく、広大な畑や巨大ハウス、ハウスの裏の土地、少しでもスペースが残るのが嫌らしいのだ。


 トマトは最盛期、シンクの洗い桶代わりのボールに乗り切らないほど沢山届いた。

 嫁子の夫は、生のトマトが一番嫌いだ。仕方がないので、全部トマトソースとミートソースにして、冷凍用の袋に一回分ずつ詰めて、冷凍庫にストックした。

 生のトマトは、嫁子の好きなワカモレ風サラダに姿を変えたが、娘たちしか食べなかった。義父と夫には見えなかったらしい。


 そのうち、きゅうりが巨大化してくる。次女が馬鹿みたいにきゅうり好きで、自分でとってきては、塩昆布で浅漬けをつくる。サラダにも欠かせないものだと思っているが、夫は食べない。

 なので、幾ら次女が食べたいだけ食べても、収穫量に追いつかない。


 一度、義母が、旅行に行った。その間、畑の水遣りを任された嫁子であったが、水遣りをしていると、とんでもない量のきゅうりとミニトマトが成っている。これは…収穫せねばなるまい。せっせと収穫する嫁子。

 が、こんな量は、とてもじゃないが使い切れない。仕方ないので、義母の友達と、嫁子の友達に配って歩いた。配りながら思った。義母は、いつも、こうして皆に配り歩いているのだな。自分の食べない野菜でさえも…。


 種代、苗代、全部うちの家計から出てるんだが…嫁子は思う。が、義母は、そこは気にしていないようだ。ため息しか出ない嫁子だった。



 嫁子は今日も、もう要らないんだけど、と思いながら、間引き人参を抜く。今年、人参間引くの何回目だろうな…。あとで大根も間引けと言われるはず。

「食べなさい。」

という、有り難い言葉と共に。


 玉ねぎも、できたらくれるのだ、全部。そのままスープに放り込めるくらい小さいの。

「あ、あたしは他から貰ったから、いいのいいの。嫁子さん食べて。町の人は小さい野菜の方が好きなんでしょ?」

いや…、玉ねぎは、普通サイズのを食べてましたよ?お化けきゅうりや、バットズッキーニは食べなくても。



 しかし…。


 嫁子は心から叫びたくなる。


 なんで、自分や家族が食べ切れないほど植える?なんで自分が食べない野菜まで、そんなに大量に植える?何で他人様たにんさまを養う?種代、苗代だけで、うち、一夏野菜買えるんだけど…。



「食べないなら何故植えるぅううう!!」


 畑の真ん中で、今日も嫁子は叫ぶ。



 隣の家は1km先なので、聴こえてない…筈だ。

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畑の真ん中で嫁子は叫ぶ 緋雪 @hiyuki0714

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