九話


(はー、クッソイライラするぜ……)


 辺境にあるマグヌス村の村長、マグナ=ジキルタスは腹の虫が治まらなかった。


 というのも、自分が娘のように可愛がっているシルルや、ついさっき村を発った片思い中のクレアの視線がいずれも同じ人物へと注がれていたからだ。


 しかもその相手というのが、シェイドとかいう最近この村にやってきたばかりの村人であり、みんなの前で恥をかかせてやろうと注意した結果、逆に謎の眼力によって怯んでしまったということが、マグナの苛立ちをさらに増大させる結果になっていた。


(あ、あんなのたまたまだ。どうせ計画立案タイプの罪人崩れだろうし、目力くらいあるだろうよ。というか、こんな弱そうなやつのどこがいいんだ? あれか、母性本能をくすぐられるってやつか? あー、ヒョロガリボコりてえ。マジ許せねえ。むかむかしやがる……)


 マグナの嫉妬の炎はさらに燃え上がる一方だったが、まもなくいい考えが頭に浮かんだのでニヤリと笑みを浮かべつつ顎鬚を弄ってみせた。


(そうだ。ちょうど今は訓練しようとしてるわけだし、特別に才能を見出したとかいって、逃げるまで鍛えまくってやりゃいいんだ。どうせこんなやつ、すぐ音を上げて周りから愛想を尽かされるだろうよ)


 マグナはそこまで考えたのち、シェイドをビシッと指差してみせた。


「おい、シェイド!」


「……なんでしょう?」


(うっ……こいつの目力、やっぱり強すぎる。なんなんだ。いや、俺はこの村の村長であり、A級の冒険者としても知られる熟練の戦士だぞ。新入りのF級冒険者なんかに押されてどうする。俺、しっかりしろ!)


 マグナが首を横に振りつつ声を絞り出す。


「そ、その、あれだ……村長としての見立てだが、お前にはなんとなく才能があるように感じた。だから、年寄りや子供は免除するとして、ほかの連中は剣の素振り100回だが、お前だけは特別に素振りの回数を増やしてやる。1000回だ!」


「…………」


「ど、どうした? きついと思うなら少し回数を減らしてやってもいいぜ――」


「――やります」


(よしっ、やっぱりそう来たか。あっさり罠にかかりやがった。俺が思うに、こいつは体が貧弱で優しそうに見えるが、気だけは無駄に強いタイプと見たんだ。あの鋭い眼光を見りゃわかる。だから、挑発に乗らないはずがねえ。見てろ、すぐにヒョロヒョロの腕が上がらなくなって涙目になるだろうよ……)


 宙を睨みながら白い歯を出し、邪悪な笑みを浮かべてみせるマグナ。


 それからまもなく村の腕自慢たちによって一斉に剣の素振りが始まり、時間が経つにつれて一人、また一人と脱落していったが、それを眺めるマグナの表情は最初のほうこそ余裕綽綽だったものの、今では苦々しいものに変わっていた。


(――お、おかしい。シェイドのやつ、きつそうな面をしてる割りに、少しも休まずに剣を振り続けてやがる……)


 それどころか、村人たちの中で唯一リタイアせずに残っているのはシェイドだけであった。


(や、やつの華奢な体のどこに、そんなパワーが? とっとと泣き言を漏らせよ。なんなんだよこいつ、頭おかしいのか……!?)


 握り拳を震わせるマグナだったが、やがてシェイドが素振りをやめたので、遂にリタイア宣言かとにんまり笑う。


「ど、どうした、シェイド。その程度か――!?」


「――ふう……。素振り1000回、終わったぁ……」


「ぬ、ぬあっ……!? バ、バカな……」


 マグナがあんぐりと口を開ける。まだ回数が足りてないんじゃないかと疑うも、シェイドが素振りを始めてからかなりの時間が経過しており、休みなく剣を振っていたことを考えれば充分可能な数字であり、嘘をついているようにも見えなかった。


「い、いや、素振りってやつはなあ、量もそうだが質も大事なんだよ! お前はダラダラ振っていたからあと100回追加だっ!」


「はあ。わかりました」


「待ってください、村長様、酷いですよ!」


 それまで不満そうに見ていたシルルが抗議の声を上げる。


「シェイドのためだと思って黙ってましたが、追加なんていくらなんでもやりすぎです!」


「い、いや、シルル、これはだな、才能がシェイドにあると見込んで――」


「――来る……」


 素振りしていたシェイドが険しい顔つきでそう呟いたので、マグナの表情がぱっと明るくなる。


「お、シェイド、いよいよ限界が来ちまったのか? そうなんだな? しょうがねえな。俺も鬼じゃねえ。もうできません、すみませんって謝るなら免除してやってもいいぞ?」


「いや、敵が来る」


「はあ……?」


 意外な返しにむっとした顔になるマグナだったが、その視界に猛然と迫ってくる集団が入り込んできたので見る見る青ざめることになる。


「グ、グレートゴブリンの襲撃だと!? モリウス村じゃなかったのかよ。どうなってやがる……! 聞いてねえぞ、こんなのよ……」


「「「「「お、終わりだ……」」」」」


 村人たちがそう呟いたときには、すっかり囲まれてしまっていた。




 ◆ ◆ ◆




「ふう、ふう……」


 しきりに剣を振るバフ使いのシェイド。自分以外に素振りしていた村人たちは既に全員リタイアしており、残ったのは彼だけになっていた。


(筋力や体力を中程度引き上げるバフをかけたからあんまりきつくないけど、怪しまれないように少しはきつい振りをしないとね。面倒だから無理ですって断ろうかとも思ったけど、村長さんがそんなに期待してくれてるなら、それに応えないと失礼だろうし……)


 それから回数が1000を越え、質が足りないからと追加の素振りをするように言われたあと、シェイドは表情を険しくした。


(あのゴブリンたち、思った以上のスピードだね。視力をバフして見たときはあんなに遠くにいたのに、もうかなり近くまで来ちゃってる。最初からあいつらはモリウス村を攻めると見せかけて、このマグヌス村を襲う手筈だったんだろうね)


 シェイドが素振りしながら思考するうち、突如侵入してきたグレートゴブリンたちよって、彼を含む村人たちが囲まれることになる。


(さて、瞬発力を極限まで引き上げて一気に始末しようか。この程度の相手ならリミッターを解除する必要もないだろうし――)


「「「「「――ッ!?」」」」」


 シェイドがそう決心した直後、粉塵が舞うとともにゴブリンたちの体が一斉に吹き飛ぶ。


「……ば、ば、『爆発する剣』……?」


 マグナの震えた声が耳に届いたものの、シェイドは自身の正体がバレるとは微塵も思っていなかった。


(へえ。村長さんまだ気絶してなかったのか。意外と根性あるね。ただ、粉塵で周りがよく見えないし、衝撃が強すぎてすぐに意識を失うだろうね。一応念のために忘却力を上げておくけど、万が一思い出してもそれをやったのが新入りの僕だっていうのは容易に結び付かないはず)


 それより、と心の中で思考を続けるシェイド。


(どうやらこのゴブリンたちは本隊じゃないみたいだ。こうして僕らを狙ったことさえも、襲撃してきた連中の目的の一つでしかないなんて中々手が込んでるね。まあまあ楽しませてくれそうかな……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る