最終話 庭園の恋人たち
「行ってらっしゃいませ、リズさま」
リシエラに見送られながら、わたしはメタウルス公爵家の馬車に乗り、ハーラルトとともに出発した。目指す場所はもちろん、メタウルス公爵邸だ。
わたしは定期的にお屋敷に通い、メタウルス公爵家のルールや習慣などを学んでいる。そして、義理の家族となる方々との交流を深め、ハーラルトとデートする。
アウリールおじさま──お
お
そして、ハーラルトは公爵令息になった今でも、わたしの秘書官をしながらお義父さまのお手伝いをしている。以前より忙しくなったのに、仕事の合間を縫うようにしてわたしとの時間はしっかり取ってくれる。
結婚後、ハーラルトは国王秘書官になる予定だ。ゆくゆくはお義父さまと同じ秘書長官──もしくは国務大臣になるのではないか、と周囲からも期待されているようだ。
新しい家族と歓談したあとで、最初にデートしたあの庭園にハーラルトとともに向かう。
婚約式まであと一週間。薔薇をはじめとした六月の花の咲き乱れる庭園を、二人手を繋ぎながら歩く。護衛の近衛騎士たちは遠巻きに見てくれているので、好きなことをおしゃべりできる。
不意にハーラルトが言った。
「こうしていると、君と初めて会った日のことを思い出すよ」
「覚えているの?」
「うん、ぼんやりとだけど。君は恥ずかしそうに王妃陛下のうしろに隠れてたよ。あの時の女の子が、こんなに綺麗になって俺の傍にいてくれるようになるとは思わなかった」
ふふっと笑ったあとで、わたしもふと思い出したことを言う。
「わたしもね、初めてあなたとデートして、吟遊詩人の曲を聴いた時のことを思い出すの。そして、考えるの。お父さまはどうして、わざわざ宮廷に吟遊詩人を招いてまで、わたしたち姉妹にあの曲──『シュツェルツ王太子と美姫ロスヴィータの恋』を聴かせたのかって」
「君の見解は?」
「多分、お父さまは、実の父親と戦わなければならなかった辛い現実とは違う、大団円で終わるおとぎ話のほうを、まだ子どもだったわたしたちに伝えたかったのだと思うわ。あの曲の制作にお父さまは関わっていらっしゃらないけれど、ある意味ではお父さまの理想の世界だったのかもしれない」
「国王陛下の複雑な御心の表れ、か……確かに、真実を伝えることが相手のためになるとは限らない時もあるね。それが幼い子どもならなおさら。でも、俺たちは自分たちの馴れ初めを生まれてくる子どもたちに隠す必要はないよ」
「子どもたちに話すの、ちょっと恥ずかしいわ」
「そもそも、まだ生まれてすらいないけどね。婚約式すらまだだし」
わたしたちは同時に笑った。ひとしきり笑ったあとで、わたしはハーラルトの若草色の瞳をじっと見つめる。
「小さい頃から、わたしを見続けてくれて……想い続けてくれてありがとう」
ハーラルトは優しく目を細めた。
「これからも、ずっと、傍で君を見てるよ」
「ええ、これからもよろしくね」
わたしたちは繋いだ手を固く握り合い、満開の蔓薔薇に覆われたトンネルの下を歩いていく。木漏れ日が気持ちいい。
ハーラルト、あなたが想いを注いでくれた分、わたしはこれからもあなたとともに歩いていくわ。花が咲く季節も咲かない季節も。
ちょっと面映ゆくて口には出せなかった言葉を、立ち止まり、彼に寄り添うことでわたしは伝えた。
完
***
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作はいわゆる「難産」という奴で、プロットを形にするのに苦労しました。
思い入れのある人物たちの子ども世代の話、それに伴う親子それぞれの気持ち……難しかったです。
連載中、色々と至らない点に気づかされたので、次回作に活かしたいと思います。
『最果ての国々』シリーズをお読みくださったことのある方も、今回が初見だという方も、お付き合いいただき、ありがとうございます。
カクヨムコンが開催されている時期に連載したこともあって、楽しい時間を過ごすことができました。カクヨムに投稿してよかったです。
様々な形で応援いただき、御礼申し上げます。
もし、「リズとハーラルトが幸せになれてよかった」と思っていただけたなら、レビューから★評価をしていただけると嬉しいです(★一個からでも)。
作者の活力になります。
それでは、またお会いできることを祈って。
恋愛結婚に憧れる第二王女は幼なじみの子爵令息に告白され、一途に愛される 畑中希月 @kizukihatanaka
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