六章 秋深く 第三話

 翌日はすっきりとした晴れだった。この季節、この辺りで長雨が降る事は稀である。山に囲まれた盆地では、雲が盆地の上空に留まって、長い雨や雪を降らせることがある。しかし、そういった事は主に夏や冬の話である。気温は穏やかであり、上空は緩く風が吹いている。この風が吹いている間は大雪や大雨はまだ来ない。


ケヤク達が鷲の訓練を始めて約二週間、兄弟団の面々はそろそろ空を飛ぶ事に慣れつつあった。実際、高所で目を回すような事さえなければ、飛行はそれほど難しい事ではない。サナハンが調教され過ぎていると嘆いた鷲達は、人を背に乗せる事に慣れており、安定して飛んだ。半農半賊の素人達は早くも速度と高度をある程度操れるようになってきており、ケヤクに至っては既に急旋回も急降下も自由自在、最近などは飛びながら地面に立てた人型の的を射抜いて見せるほどだった。


彼らの指導にあたっているサナハンはそれを見て、内心、舌を巻いたが、決して顔に出すようなことはせず、指導を続けていた。


ただ乗るだけなら難しい事はない。背中から落ちさえしなければ良いのだ。落ちれば死ぬという点以外は、馬と大して変わらない。しかし、自分の手足を操るかのように乗騎を操り、あまつさえ空中から的を射当てるというのは、並大抵の事ではない。


――だが、予想していなかったわけではない


才能とはこういうものだ。他の者と同じように始めても、他の者よりも上を行く。そういった者が存在するという事を彼は十分に知っていた。


――小僧にこの才を見たから、旦那様はあのような事を考えなされたのだ 


「ケヤク、旦那様から言伝だ。そろそろメイルローブを偵察してくるようにとのことだ」

訓練の後、サナハンはケヤクに言った。


「馬で行けば、往復で十日はかかる。鷲で行くのか?」

「いや、鷲は目立つ。時間がかかっても良いから馬で行けと仰せだ。少し古い情報ではあるが、城の見取り図は手に入れた。足元のメイルローブの街がどうなっているかを見聞してくるようにとの事だ」

「古い情報? そんなものあてになるのか?」

「どうせこちらには襲撃の前に確認する術もなかろう。あるだけましと思え」


ケヤクは肩をすくめて見せた。


「じゃあいつも通り、地理の確認と街の様子を見てくればいいな?」

「そうだ。今回は一週間ほど滞在せよとのことだ」


それを聞いたケヤクは少し驚いたような目をした。


「長いな。そんなにでかい街なのか?」


サナハンは頷いて見せた。

「メイルローブは大きい。城郭で囲まれた都市を攻めるのは初めての事になる。侵入はともかく、退却路の選定は十分に吟味しろ。決めかねるようなら、もっと長く滞在しても良い」


サナハンは続けて言った。

「路銀は旦那様が出される。いつもの二人を連れて行って来い」

「分かった。明日発つ」


ケヤクが頷いたのを確認して、サナハンは屋敷へと戻って行った。

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