五章 銀翼の記憶 第六話
穏やかな笑みだった。緩やかな巻き髪は明るく光沢を放ち、その目には自信が、額には聡明さが現れている。
家臣達はよく父親似だと世辞を言ったが、なんのことはない。この美しい顔は母親似だ――彼はそう思って少し笑った。
メイルローブ城には城を治める城主の部屋とは別に、シュロ―家当主専用の客室がある。シュロ―本家の本拠地はメイルローブからは距離があり、当主がこの城に来る事は年に数度しかない。サバスト・シュローが前回、この城に来たのは半年ほど前であった。久しぶりにまたこの城に来たが、秋の花々が散るのを見ぬうちにまた王都に戻らねばならない。
彼は再び壁に目を移した。この部屋には歴代当主の肖像画が飾られており、ずらりと並んだ終わりの方にある彼自身の肖像画の隣には彼の亡くなった息子、ナフシスの肖像画が並んでいる。
(才能は遺伝するものだという)
武の才、政の才、芸術の才……確かにそういった受け継がれていく才もあるだろう。しかし、彼は自分の才能が息子に遺伝したのだとは思っていなかった。
幼いナフシスに初めて木剣を与えたのは、五歳の時であった。初めは遊ぶように稽古をした。小さな手で木剣をにぎり、父を打ち倒さんと必死に向かってくる姿は愛おしかった。我が子の振る剣を躱し、捌き、時折、わざと打たれて見せた。その喜ぶ姿がいとけなく、つい何度も打たせてしまったこともあった。しかし、それも初めの頃だけであった。我が子はみるみるうちに上達していった。その振りは鋭く、足捌きは軽い。子供とは思えぬ正確さで木剣を振る我が子を見て、サバストはじきに遺伝などとは考えなくなった。
どう見ても自分より遥かに才能がある――それに気づいた時、サバストは嬉しかった。家臣達もそのうち父親似だなどと言わなくなるだろう――それを思って人知れず笑った夜の事を彼は今でもよく覚えている。
知らぬうちに緩んでいた口元に気づき、彼は思わず手をやった。
そして、一つ息をつく。
(いつか……謝らねばなるまいな)
彼はそう思って、燭台の火を吹き消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます