五章 銀翼の記憶 第五話
メイルローブ城で配下ターバリスとの接見を終えたサバストは、その足で塔へと向かっていた。メイルローブ城は帝国時代に建てられた城で、今では失われた建築技法も使われている。帝国時代は今のように多くの国に分かれていたわけではなく、この城が建てられた理由は戦ではなく、街の統治のためであった。
当時、この地を治めていたのはシュロ―家ではなかったが、まだ当時の伝承は残っている。この城の最初の城主は愛する娘のために庭園を設計し、それを眺めるための塔を建築した。毎年、花が咲き誇る時期になると、賓客や市民を招いての宴を催していたという。しかし、それもつかの間、短くも安定した帝国統治が終わると、戦乱の時代になった。帝国が倒れ、国々が乱立する中で、この城はシュロ―家のものとなり、そういった宴の伝統も失われた。
この男が彼女の居所をここと定めたのは、この庭園の伝承が頭をよぎったからである。もちろん、そういった情理的な理由のみではなかったが、虜囚の身でも花の楽しみくらいは与えてやりたいと思った事もまた事実であった。
男は扉を叩いた。
「入れ」
その声を確認して、錠を外し、扉を開ける。
窓際の椅子に腰かけた相手を確認して、サバストは跪いた。
「何用か?」
「明日、アモスアントへ発ちますゆえ、別れの挨拶に参りました」
彼女は、窓外を見つめたまま、「そうか」とだけ呟いた。
「戦に出しておりましたターバリスを呼び戻しました。姫様の御身に危険が及ぶ事のないよう城の警備に当たらせます」
「かごの中の鳥を守るのは、飼い主の義務……ということだな」
サバストはあえて答えなかった。
「狐の目的は鳥ではなく、財宝と領主の首だと聞く。領主がいなくば、襲いにくるわけもあるまいに」
「賊の狙いなど分かるものではありませぬ。万が一という事もありますゆえ」
サバストはちらりと部屋の隅に目をやった。
「それに、財宝などよりも大切なものもございます」
「殻に籠ったままでは、ただの石と変わるまい」
一礼して立ち上がり、部屋を出ようとしたサバストの背中に声が投げかけられた。
「まもなく冬が来る」
サバストは向き直って応えた。
「承知しております」
「むやみに民を殺すな」
サバストは無言で、しかし、深々と頭を下げ、部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます