五章 銀翼の記憶 第四話
一瞬、星が降ってきたのかと思った。
白銀色に輝くそれは、星と錯覚するほどの速さで、遥か上空から現れた。鳥や鷲獅子の類ではない。なにせほとんど直角に近い角度で現れたのだ。鳥も鷲獅子もあのように飛べるはずがないし、何より巨大だった。
そして、その時に抱いた感情をターバリスは今でも憶えている。
美しい――ただ美しかった。日の光を浴びて、白く輝くそれは、まさに今決着をつけんとしている両軍の間に舞い降りた。
その時、ターバリスはそれの背に人が乗っている事に気づいた。
噂には聞いていた。氷竜候は弱冠十九で竜に選ばれた魔女であると。
純白の竜――細長い首に長い尾、巨大な翼を広げ、その背には白銀の鎧を纏った女が乗っていた。女はゆっくりと――この時のターバリスにはそう感じられた――その右手を掲げた。
その瞬間、戦は終わった。巨大な白い竜が放った息吹が戦場の全てを凍らせたのだ。文字通り凍てつくほどの冷気が豪風と共に戦場の後方、ターバリスたちが控えている本陣にまで届いた。ターバリスは馬にしがみついて、その冷風に耐え、もう一度戦場を見て驚いた。さっきまで敵を追っていたはずの味方の鷲獅子達が落ち葉のように墜落していく。灼竜国の名だたる騎兵たち。その中にわが師を見つけ、ターバリスは言葉を失った。
呆けるターバリスの目に映った次の光景は、盛り返した敵軍がわが軍の兵士を狩る姿であった。凍り付いた戦場から逃げ出そうとする兵士達。戦場には無数の叫喚が響き、もはやさっきまでの士気も統制もない。
誰かが自分の腕を引っ張った。
「退却! 退却だ!」
「竜だ! 逃げろ!」
我先に逃げ出そうとする者達の混乱の中で、彼はまだ戦場に釘付けになっていた。
空中で悠然と佇む白い竜――その圧倒的な個。人が鍛錬を重ねて行きついた頂きを、遥か高みから見下ろすその力。
彼は感謝した。この邂逅に。彼の力への憧憬は今や竜の姿となって、彼の心に刻み込まれた。
灼竜国軍はこの日、わずか一時間余りの戦闘で戦線を二十カイルも下げ、敗退した。ラミドア平原付近の領土と辺境伯ナフシスをはじめとする多くの将兵を失った稀に見る大敗だった。灼竜国チハヌ州軍は一般兵のみならず、指揮官ナフシスと州軍の主力である鷲騎士達の実に三分の一を失い、その兵力を大きく削がれたのである。
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