六章 サバストと王 第三話 

 サバスト・シュローがその息子ナフシスに辺境伯位を譲ったのは、齢五十五の年であった。肉体は盛りを過ぎ、自ら前線に出る事も少なくなっていたが、別に軍の指揮を執る事が苦となったというわけではない。


年とともに息があがるのが早くなってきてはいたが、代わりに読みは鋭く、判断は正確になった。それに自ら戦わずとも、彼が長年育てた軍は、高い練度と風紀を備え、腹心の部下たちが前線でそれを率いる。


いかに辺境伯には武の素養が求められると言っても、それは自ら前線で戦えということではない。配下に侮られぬためである。指揮官が侮られれば、軍の動きは鈍る。結局、将の本分は、自ら戦う事ではなく、軍をいかに采配するかであり、年を取ればその分、円熟味が増す。戦士としては衰えつつあっても、指揮官としての彼はこの時が最盛期であったと言ってもよい。


よって、五体満足にも関わらず、この男が五十半ばで代を譲ると考えた者など、どこにもいなかった。ましてや後継に指名したのはまだ二十二の若騎士である。この時、ナフシスは既にいくつかの戦場で武功を上げてはいたが、それでもその若さを不安視する声は多かった。


いかに武才に優れていようと、辺境伯という重職を務めるには、若すぎる。二十二で州の統治など満足にできるわけがない。戦が辛いのなら、せめて軍事のみを譲り、政務に集中されてはどうか――


悪意あっての批判ではない。そういう声があるのはむしろ有難い――そうは思ったが、サバストが息子に家督を譲ろうとしたのは老いが理由ではない。ただ国を思っての事であった。



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