六章 秋深く 第一話
メイルローブ襲撃を決めてから、一週間ばかりが過ぎた頃、セティヌから乗り手候補達の呼び出しがあった。ケヤク、ジナン、シャミル、以下、ケヤクによって選ばれた七名の乗り手候補達は村の外れ、魔素にやられて使えなくなった麦畑の跡地に集められ、そこで自分達が乗る事になる鷲獅子達と対面した。
鷲獅子はその名の通り、上半身が鷲、下半身が獅子という魔獣の一種である。魔獣には全く人に慣れぬものもいるが、全てではない。鷲獅子は気位が高く、獰猛ではあるが、馴らせば強力な騎獣となる。鷲獅子にも色々といるが、大抵は茶が多く、中には白や黒、稀に金混じりのものもいる。非常に稀ながら、白の上半身と金の下半身を持つものもいるらしいが、それこそ王族でもなければ、乗れぬほど希少らしい。
他にも飛空する魔獣はいるが、鷲獅子はそれらの中でも特段に戦闘に向いているとされる。強力な爪と獅子の身体が生み出すばね、なにより戦場向きな気性。その獰猛さは他の騎獣を遥かに凌ぐ反面、これを捕え、馴らすのにかかる苦労も大きい。そのため戦闘用の乗騎として最も値が張るのも鷲獅子である。
今回、届けられた十頭の鷲獅子たちはサナハンによれば、「調教され過ぎている」とのことだった。野生に近いほど、獣の気性が強くなり、馴らされるほど猫のように大人しくなる。サナハンいわく、多少の獣性を残しておいた方が、戦場では役に立つという。あまりに気性穏やかになれば、鷲獅子でも戦場で震え出す事がある。
「自分の鷲を選べ」
サナハンの声でそれぞれが鷲を選び始めた。ある一頭が興味深そうな目をさせてケヤクの方に寄ってきたが、ケヤクは端でそっぽを向いている一頭が気になった。寄っていったが、ケヤクを無視するように立っている。
「こいつにする」
ケヤクが鷲獅子の首に手を置いて言った。
「ほう、旦那様の勝ちだな」
「なに?」
「賭けをさせられてな。旦那様はお前がそれを選ぶのに賭けられた」
「ちっ」
「お前は損をしてないだろう。私は自腹で火酒を用意せねばならなくなった」
サナハンはわざとらしい溜息をついて、今度は全員に向けて言った。
「ひと月だ」
細身の体から良く通る声が響いた。
「ひと月で鷲に乗れるようになれ。十分な空中戦闘が出来るようになれとは言わん。乗ったまま、多少、武器が使える程度であれば良い。まずは高さで目を回さず、飛べるようになる事だ」
そして、訓練が始まった。鞍の付け方、外し方、手綱をどう握るのか、から始まり、まず初日は乗った状態で地上を走る事を教わった。鷲獅子の走り方は馬とは違う。地上での平均速度は馬には劣るが、鷲獅子にはその獅子の下半身から生まれる跳躍力がある。獲物めがけて一足で距離を詰めるような初速は馬には出せない。走る時も馬とは違い、跳ねているような感覚がある。鷲で地上を走る時は馬よりも上下動が激しいため、足腰と腹で身体を安定させねばならない。特にこの兄弟団で唯一、騎射を遣うケヤクにとってはこの跳ねるような感覚に早く慣れねばならない。
今回、ケヤクが選んだ乗り手たちはどれも馬の取り回しに長けた者達であったが、初日の訓練が終わる頃には皆へとへとになっていた。特に足である。始終、鐙を踏ん張っているため、馬よりも疲労が激しい。
走行の練習に数日を費やし、皆それなりに地上走行が出来るようになった頃から飛行訓練が始まった。
鷲獅子を使う最大の目的は空からの奇襲である。メイルローブは城郭都市であり、今は戦に人手が取られているとはいえ、都市を囲む隔壁に数百、城の警備も数十はいるだろう。兄弟団は最大三十名程度の盗賊集団でしかない。当然、まともに攻めて勝てるわけはなく、空からの奇襲をかける。隔壁を鷲で飛び越え、城を急襲、即離脱する。今回は城を攻め落とすわけではなく、首を落とさねばならぬ城主もいない。警戒が緩む時間――夜を狙って押し入り、すぐに離脱する。鷲獅子十騎を使えば、この少数でも盗みに入る事くらいは出来るだろうが、乗りこなす事ができなければ、逃げる事はかなわない。
ケヤク達は各々の鷲の傍らに立ち、サナハンの指導を聞いた。
「鷲に乗る時に気を付けねばならないのは気流だ。地上の空気は重いが、ある程度上空に行けば、安定して飛空できる気流が見つかる」
サナハンは鷲獅子の頭を撫でながら言う。
「その高さは日によって変わるが、鷲はそれを感覚で理解している。乗り手となる者も同じく、感覚で掴む事が重要だ。体で覚えよ」
サナハンはそれだけ言うと、ケヤクを見た。ケヤクは自らの鷲に跨り、一つ息を吸って、強く手綱を引いた。
鷲は二、三歩走ると、ばっと翼を広げ、一つ羽ばたかせた。次の瞬間、ケヤクは鷲と共に空中に浮かび上がった。強い風圧と重力に身体が流れそうになる。ケヤクはぐっと腹に力を込め、もっと高く上がるよう鷲獅子の横腹を蹴った。鷲獅子は合図を受けてさらに何度も羽ばたく。ケヤクは上体を低くして、空気抵抗に耐え、鷲が上昇するのに身を任せた。鷲が一つ羽ばたくごとにぐんぐんと上昇し、地上から数十メルテまで飛び上がったところで鷲は羽ばたくのをやめた。両翼を大きく広げ、風に乗るように飛び始めた。ケヤクはようやく上昇時の強い風圧から解放され、少し周りを見る余裕が出来た。
――ここが安定する高さ、ということか
ケヤクは地上をちらと見た。口を開けてこちらを見る面々が見える。
――理解した
小さく見えるジナンたちが歓声を上げるのが聞こえてくる。ケヤクと鷲は、そのまま二、三周、円を描くと、ゆっくりと地上に降りて行った。
「ケヤク! さすがだな!」
乗り手の一人、シラズが声を掛けてきた。
「どうだった?」
「あー……そうだな。別に難しくはない。サナハンが言ってた通り、鷲が勝手に飛ぶ。任せていればいい」
サナハンが寄ってきた。
「そうだ。馬が本能で駆けるのと同じように、鷲も本能で飛ぶ。何も難しい事はない。他の者もやってみろ」
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