三章 ラジテ村 第四話
傾いた陽光に赤みがさしてきた頃、ケヤク達はセティヌ邸に着いた。門をくぐると、庭には車いすの老人とその執事がいた。
「首尾は?」
「上々だ。怪我人が二人、死人はなし」
ケヤクの言葉に老人は頷いた。
「余分な金は撒いてきたな?」
「ああ、もちろん。大方が冬を越せるくらいは撒いたはずだが。まだ結構余ったな」
ケヤクは台車に積んだ袋を示した。
「サナハン、荷をしまったら茶を淹れろ」
そう言ってセティヌは三人に中に入るよう促した。老人は三人を客間に案内すると、卓に置いた袋を示した。
「報酬はそれに入っている」
シャミルがその袋を確認する。
「こんなに!?」
「お前たちの働きを見て、少し色を付けた。人死にがなかったのは幸いだった。余分は街に行って使え」
「これなら、街の一番高い店で一番高い酒を飲めるよ!」
「おい。俺たちが行くのは安い店だと決まってるだろ」
ケヤクが窘めるように言ったが、シャミルはそんな声も聞こえていないかのように喜んでいる。
「ったく……ジナン、シャミルを連れて外に出てろ」
ジナンは頷いて、喜んでいるシャミルを連れて部屋を出た。
閉まる扉を見ながら、セティヌは口を開いた。
「ジナンの妹の具合はどうだ?」
「あまり良くはないらしい。雨が降ると肺が痛むんだと」
「魔素の病は一度、発症すれば、完治する事はない。竜がいなくてはどうにもならん」
一瞬、ケヤクはセティヌの横顔を見て、すぐに目を逸らした。
「……分かってるさ」
この国の先代の守護竜が斃れたのは、ケヤクが生まれた年の事だったそうである。もう十七年もの間、この国には竜がいない。六年前、王も魔素の病で崩御した。王と竜、そして、竜の主は国を支える三本の柱である。王が国を整え、竜とその主が国を護る。玉座はすぐに前王の弟が継いだが、竜の方はいつでも――というわけにはいかない。竜は生涯に一度だけ卵を産む。産んだ竜が死ぬと、竜卵には新たな命が宿る。卵は主に値する者を見つけた時、孵る。主を見つけられぬ卵はいつまでも卵のまま眠り続け、中には数十年孵らなかった竜もいたという。竜なき国では竜の恵みは得られない。この十七年、病は増え、作物は減り、国は貧しくなった。
「他に、村の者に変わった事はないか?」
ケヤクは首を振った。
「何も……。あんたの取り立てが適当なおかげで他の村よりは楽だが、それでも人は減る」
セティヌは聞いているのかいないのか、無表情で窓の外を見ていた。窓の外を見たまま、特に何かを話す様子もない。ケヤクは焦れて口を開いた。
「なあ、あんたはなぜこんな事をしてるんだ?」
やや間があって、セティヌが聞き返した。
「こんなこと?」
わざとらしく聞き返した老人に少し苛立ちながらも、ケヤクはさらに訊いた。
「俺たちにやらせてる事だ。なぜ俺たちにこんな盗賊ごっこをさせる?」
「前に話したろう。腐った貴族どもを粛清するためだと。お前もそれを願っていた。何がおかしい?」
「おかしいだろう」
ケヤクは即座に返した。
「あんただって貴族だ。貴族が貴族を襲わせる――これが普通か?」
もう冬も近い。既に窓の外は暗くなり始めていた。僅かに残った夕日が空を紫色に染め上げ、今日の終わりを告げている。
「貴族が全て体制側の人間というわけではない。税によって暮らしてはいても、国が常に正しいと思っているとは限らぬ」
「だから、悪どい小領主から金と命を奪ってばらまくのか? これ見よがしに正義面をぶら下げて」
「ああ、そうだ。まさに我々は正義のしもべだな。最近は我々を誉めそやす歌まで歌われているらしいじゃないか」
ケヤクはセティヌのとぼけた口調に苛立ち、自分の口元が引きつったのを感じた。
「何が正義だ! ケシズスの館には女がいたぞ。大方、街の女だろうが、そいつまで殺さなきゃならなかった!」
「それが何だ?」
「妾ならば、平民だろう! 阿保な王様といつまでも眠っている竜のせいだ! ちんけな小貴族を殺すために平民の女も殺すはめになった!」
セティヌは何も言わず、憤るケヤクをじっと見ていた。
「ケシズスのような小物をいくら討ったところで何も変わらない。新しい領主がまた同じことをするだけさ」
つい声を荒げてしまった自分を恥ずかしく思い、最後に吐き捨てるように言うと、扉を叩く音がした。
「旦那様」
サナハンの声だった。
「お茶をお持ちしました」
「入れ」
扉が開いて執事が茶を運んできた。茶を置くとサナハンはケヤクを一瞥し、セティヌに軽く頭を下げて部屋を出て行った。
「……あんたは伯爵様だ。その辺の小貴族とは違うはずだろう。俺たちにやらせなくても自分でなんとかすりゃあいい」
セティヌは愉快そうに笑った。
「わしにそんな力があれば、こんな小さな村にいるはずがなかろう」
セティヌは笑いながら言う。
「ケヤクよ、国はな、そんなに簡単にはできておらん」
小馬鹿にしたような口調にケヤクはまた苛立った。
「それなら――!」
「だが、良い事をきいた。確かに小物をいくら殺したところで世は変わらぬ。次は違う事をさせてやろう」
「――なに?」
「メイルローブを狙う」
メイルローブは州の北方の町である。距離は馬で四日ほど、人口は数万、今までの標的と比べれば随分大きい。
「近場は今、警戒されている。ここで一度、遠方の街を襲う」
「メイルローブはそれなりに大きな都市だろう。兵の数が違う」
「鷲を使う」
「鷲?」
「
「そんなものに誰が乗るんだ?」
何を馬鹿な、と言いたげな顔でセティヌはケヤクを見た。
「お前だ。他はお前が選べ。信用できる業者から、よく調教されたものを入手する。飛ぶ事はさほど難しくはない。ひと月ほど訓練すれば、乗るくらい誰でもできる」
老人はこともなげに言う。
「馬鹿言うな! 素人が空騎兵の真似事をしたところで城なんか落とせないさ! 死んでおしまいだ!」
「落とせとは言っておらぬ。今回は盗んでくるだけで良い。今、北部の国境では氷竜国との戦争をしている。冬までは警備も手薄だろう」
「だからって――!」
「まあ、考えておけ。とにかく昨日はよくやった。――サナハン!」
扉から執事のサナハンが姿を現し、ケヤクは半ば追い立てられるように屋敷を出された。
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