一章 琥珀の瞳 第三話

「ご機嫌うるわしゅうございます、姫様」


慇懃に膝をついたこの男を見るのはじつに半年ぶりの事であった。幼い頃、高々と抱き上げてくれたその腕はもう細く、その頭も随分と白くなった。


「お前には私の機嫌が良いように見えるのか?」

放った言葉に込めた皮肉を感じ取ったか、男は跪礼したまま目を伏せ、これには応えなかった。


「庭園は秋の花たちが咲き始める頃合いです。この塔からもお楽しみ頂けるかと」

「格子越しでなければ、さぞ綺麗に見えような」


この塔の足元、湖を中心に広がる庭園は園丁が丁寧に世話している。彼女は毎日、それを眺めていた。この塔からは他に見るものもない。


「しばらく姿を見なかったが、何をしていた?」

「アモスアントにおりましたゆえ」

「我が王宮に何用であったか?」

「国王陛下のご相談事を」

「王?」


彼女は無表情に問い返した。


「この国に王はおらぬだろう。玉座にいるのは舞い上がった痴れ者だ」

男は僅かに目を上げ、またすぐに伏せた。


「実の叔父上をそのようにおっしゃるなど……」


ふふ、と彼女は微笑う。


「誰よりもお前がそう思っているはずだろう? サバストよ、それともお前は我が叔父上が慈愛に満ちた名君だとでも思っているか?」

「陛下はただ……国の行末を考えておられます」

「無益な戦を続けるのが国の為か? 軍費のためだと税を増やし、その税で兵を戦地に送っては戦いもせずに近隣の村を荒らす。それを喜ぶ民がいるとは知らなかった」


サバスト、と呼ばれた男は顔を上げた。


「我が国は貧しいのです! 貧しい国が金を得るには戦しかありませぬ! 先王はそれを……お聞き容れにならなかった……」

「聞き飽きた」


彼女は無造作に言葉を放った。


「確かに我が国は貧しい。耕地は少なく、冬は長い。だからこそ、父上は産業に力を入れていた。長年、竜を欠く我が国が他国の竜候率いる軍勢に挑んでも、金と命を捨てるに等しい。それはお前も分かっていることだろう」

「竜さえ孵れば……」

「竜は私怨による戦など望まぬ」


彼女は部屋の隅を見た。部屋の片隅にある細工が施された台の上には珍しい色の宝石が置かれていた。橙色のオパールのような、しかし、人の頭ほどもある大きさの石が鎮座し、窓から差し込む西日を不思議な色に反射している。その赤みがかった光は、彼女のごく淡い金髪と薄青の瞳を橙色に染めるように照らし、夕暮れの部屋に明るみを与えていた。


「……近頃、銀毛の狐が出ると聞いた」

「誰がそのような事を――」

「誰でもよい。お前もそれを知っているのなら、叔父上に伝えよ。慈愛は首があるうちに施せとな――下がれ」


サバストは逡巡するように床を見ていたが、やがて一礼して退出していった。


 がちゃり――と錠の降りる音が暗くなり始めた部屋に響いた。まもなく秋の花々が咲き、やがて寒気と共に散ってゆく。この国の秋は短い。


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