第五話 弱虫工房

 ボカッ!

 大きな音を立ててジャイボスの拳がノールの顔面に叩き込まれた。ノールはたちまち吹き飛ばされ、地面に転がった。その勢いで愛用の丸メガネが吹き飛び、地面に転がる。

 ジャイボスは村のガキ大将。まだほんの少年なのに、すでにおとなに近い体格を誇っている。力も強い。働き盛りのおとなたちが皆、鬼部おにべとの戦いにとられたいまとなっては、残ったおとなまで含めても村で一番大きく、力も強い部類だ。同年代の少年たちのなかでさえ小柄でやせっぽち、もちろん、力だって弱いノールなんて相手にもならない。喧嘩なればいつだってノールが一発で吹き飛ばされる。

 まあ、『喧嘩』と言ってもノールからふっかけることなんてない。『弱虫』として知られるノールにそんな度胸はない。いつだって、ジャイボスの方が難癖なんくせをつけて一方的にノールをぶん殴るのだ。

 「ノール!」

 シズーが声をあげてノールに駆けよろうとした。

 シズーは村長の孫で、村で一番かわいいと評判の女の子。ノールたち村の少年にとっては憧れの的だ。ノールとは家が隣同士だと言うことでほんの幼い頃からきょうだいのように育った。

 ノールに駆けつけようとしたシズーの腕をジャイボスが捕まえた。

 「おっと。そんなやつ、ほっとけよ、シズー」

 「はなして、ジャイボス!」

 シズーは叫んだが、乱暴らんぼう狼藉ろうぜき、自己中心、ワガママの代名詞として知られるガキ大将がそんなことを聞くはずもない。無理やり自分のもとに引き寄せるとノールに言った。

 「いいか、ノール。もう二度とシズーには近づくなよ。いまは鬼部おにべとの戦争中なんだ。シズーを守るためには、お前みたいにいつもいつも部屋に籠もってあれこれいじっている弱虫じゃダメなんだよ。おれみたいなたくましい男じゃないとな」

 「そうそう。身の程をわきまえて、お人形でも相手にしてなって」

 ジャイボスのこし巾着ぎんちゃくのスタムが調子を合わせて小馬鹿にする。

 そして、ジャイボスはシズーを無理やり引きずって去って行った。シズーは抵抗したが、村一番のガキ大将に敵うはずもない。ノールに必死に腕を伸ばしながらも引きずられて行ってしまう。

 「ノール、ノール!」

 そう叫ぶ声もどんどんと小さくなっていく。その声を聞きながら――。

 ノールはノッソリと立ちあがった。小柄で力も弱いが、それだけではない。運動神経も鈍い。そのため、動作の一つひとつがモッサリしている。その点、大きい上に俊敏さまで兼ね備えているジャイボスの動きとは対照的だ。

 ノールは地面に転がったメガネを拾った。グラスはすでに割れていた。それでも、ないよりはましだとしてノールはそのメガネを顔にかけた。

 ノールの顔や胸元、服から出ている部分には幾つもの小さな火傷の跡があった……。


 大陸の北方に広がる山岳地帯。

 北の雄国オグルと北の果て、限界げんかい雪嶺せつれいとの狭間にある山間地域。

 ノールの村はそこにあった。この一帯には『国』と呼べるほどの単一の組織はなく、幾つもの小さな村がときには協力し、ときには争いながら暮らしてきた。一応、オグル王国の保護下にあると言うことになってはいるがそれも形式的なもので、実際には村の一つひとつが独立して自給自足の暮らしを営んでいる。

 そんな在り方であるから、村長が村人たちを率いる、というわけではなく、村人全員が平等な立場で協力しあい、日々の生活を形作っていく、と言う気風が強い。ジャイボスのように『おれが、おれが』と皆を引っ張っていくような気質の人間はむしろ、例外だと言える。

 ノールの家には母屋の他に、少しはなれた場所に小さな小屋が建てられていた。

 ノールの実験室。

 そう呼ばれていた。

 幼い頃から外で皆と遊ぶよりもひとりであれこれ工作をしている方を好んだノールのために、父親が建ててくれた小屋だ。その父親もいまはいない。数年前、鬼部おにべとの戦いのために村を出て行った。しばらくの間は連絡も来ていたが、最近ではすっかり途絶えている。生きているのか、死んでいるのか、それすらもわからない……。

 そのノールの実験室では今日も爆発音がした。

 「熱ちちっ!」

 顔中に火の粉や鉄粉を浴びて火傷を負ったノールが、あわてて水の入ったバケツに顔を突っ込み、火傷を冷やす。ひとしきり冷やしてようやくヒリヒリした感触がなくなった。それから、ノールは爆発跡を見た。そこには金属製の筒がバラバラになって転がっていた。

 ノールは深い溜め息をついた。

 いったい、これで何度目だろう。作ってもつくっても爆発してしまう。火傷の跡が増えるばかりで一向にうまく行かない。

 「……これさえ出来れば僕だって戦える。みんなの役に立てるのに」

 それは、ノールがもう何年もかけて開発しようとしている武器。ガスが爆発する力で鉄の球を撃ち出し、敵を倒す新しい兵器。

 理屈の上ではうまく行くはずだった。この山岳地帯にはあちこちにガスの吹き出す沼地がある。そのガスは火をつけると激しく爆発する。そのガスを筒のなかに閉じ込めて、火をつけて、爆発させれば……。

 その勢いで鉄の球が撃ち出される。

 その鉄の球は人間の力で放たれる矢弓よりもずっと速く、遠くまで飛び、ずっと高い威力で敵を倒す。この武器さえあれば、力が弱くて弓弦も満足に引けないノールだって戦える。立派にシズーを守ることが出来るようになる。そのはずだった。

 でも、駄目。

 どうしても、爆発に耐えるだけの強靱な筒が作れない。

 鉄の球を勢いよく撃ち出すためには爆発のすべての力を一方向に向けなくてはならない。そのためには密閉された筒のなかで爆発させ、すべての勢いを筒の出口に向けなくてはならない。そうするためには爆発に耐えるだけの強靱な筒が必要になる。それなのに――。

 その肝心の強靱な筒が作れない。実験用の少量のガスでさえ、爆発させるとたちまち筒の方が吹き飛んでしまう。これではいくらなんでも武器にはならない。自分が火傷してしまうだけだ。

 「……やっぱり、僕はダメなやつ」

 バラバラになった筒を手にしたまま――。

 ノールはそう呟いた。


 「逃がすな! 逃がせばまた畑を荒らしに来るぞ!」

 村のまわりに広がる農地。そこにジャイボスの活力に満ちた声が響く。

 おとなたちが鬼部おにべとのいくさに出かけているいま、狩りも、畑仕事も、畑を害獣から守るのもすべて子供たちの仕事。ガキ大将のジャイボスにとっては皆を指揮し、自分の力を見せつける絶好の機会。とくに、害獣退治の仕事は自分の強さを見せつけることの出来る晴れ舞台。いつだって張り切って指示を飛ばす。

 「そっちに行ったぞ! みんなで包囲して叩き殺せ!」

 「おおっ!」

 こし巾着ぎんちゃくのスタムをはじめ、何人かの子供たちがジャイボスの指揮のもと、畑を荒らす害獣を追いまわす。

 そのなかにはノールもいた。背が低くて、やせっぽちで、力も弱いノールだけど、村の子供のひとりとして集団作業には参加している。けれど――。

 力も弱く、足も遅い。運動神経そのものが鈍くて動作がいちいちモッサリしている。

 そんなノールが力仕事で役に立つことはまずなかった。

 「弱虫ノールなんかより、女の子たちの方がよっぽど役に立つぞ」

 ジャイボスは日頃からそう言ってノールを馬鹿にしていたし、それは完全な事実だった。

 この日もノールはのたのたと害獣を追いまわしていた。本人としては必死に走っているつもりなのだが、どうにも遅い。遅すぎる。男の子たちはもちろん、女の子たちにもついていけない。挙げ句の果てに、足をもつれさせて転んでしまう。そのせいで包囲の隙ができる。その隙を突いて害獣たちが逃げていく。

 「ああ、くそっ! またノールののろまのせいで逃げられた」

 スタムが悔しそうに地団駄じだんだを踏む。

 そのとき、ノールは、ようやく起きあがったところだった。そこへ、大きな影が差した。

 ボカッ!

 大きな拳が音を立ててノールの顔面をぶん殴った。

 ノールは再び地面に転がった。

 ジャイボスだった。

 「こののろまの役立たずっ! またお前のせいで逃げられたぞ! お前がのろまなせいで害獣退治も満足に出来ず、畑を荒らされるんだっ! お前みたいな役立たず、死んじまえっ!」

 ジャイボスにそう責められるノールをかばうものは――。

 誰もいない。


 ノールの実験室ではまたも爆発音が響いていた。

 ノールは顔中に出来た火傷にも気付かず、白い煙をあげてバラバラになった筒を見下ろしていた。

 どうしても、成功しない。

 どうしても、爆発に耐えられるだけの筒を作れない。

 何度やっても、失敗するだけ。火傷の跡が増えるだけ……。

 「やっぱり……やっぱり、ダメなんだよ、僕は」

 ノールはバラバラになった筒を手にとった。じっと見つめた。ふいに、心のなかに怒りが吹きあがった。

 「くそっ! やっぱり、こんなんじゃダメなんだ!」

 ノールはバラバラになった筒をかき集めたる外に飛び出した。そのすべてをゴミ捨て場の穴に放り込もうとした。そのとき――。

 ガシッ、と、後ろから伸びてきた大きな手がノールをとめた。

 「だ、誰……⁉」

 思わず振り返るノールの前。そこに、酒樽のようにドッシリした体型の男が立っていた。

 「だ、誰なの……?」

 怯えながら尋ねるノールに対し、男は短く答えた。

 「ドントラム」

 「えっ?」

 「この村のさらに北、限界げんかい雪嶺せつれいにある意動いどう工肢こうしの工房から来た。お前の母親に頼まれてな。お前に金属細工の仕方を教えるために」


 それから一年。

 ノールはほとんど無理やりのようにしてドントラムから金属の扱い方、加工の仕方、組み合わせ方などを学んだ。その間に山深い辺境の村にも勇者が鬼部おにべとの戦いに敗れ、死亡したとの報が流れてきた。熊猛ゆうもう紅蓮隊ぐれんたいが壊滅し、人類軍は窮地に立たされているとの報も。

 皆が不安に駆られるなか、ジャイボスだけは元気いっぱいだった。

 「なにを怯えてるんだ、こんなときこそおれたちの出番だろ。おとなにかわっておれたちがこの村を守るんだ。なあに、なにかあったらおれさまに任せとけ。鬼部おにべなんてこのジャイボスさまが叩きのめしてやる!」

 「さすが、ジャイボス、頼りになるうっ」

 「お願いね、ジャイボス」

 こし巾着ぎんちゃくのスタムや村の女の子たちがジャイボスのまわりに群がり、口々に言う。そんななか――。

 ノールは日々、黙々と金属の扱い方を学んでいった。


 その日、村を災厄が襲った。

 大陸各地に侵入し、人を襲う小鬼の群れ。その小鬼の群れがついにこの村にも現れたのだ。小鬼たちは村を襲い、人を襲った。ジャイボスは取り巻きの子供たちを指揮して立ち向かった。でも――。

 「ダ、ダメだよ、ジャイボス!」

 スタムがいまにも泣き出しそうな情けない声をあげた。

 知能の低い下っ端とは言え鬼は鬼。大きな音を立てるだけでも追い払える畑を荒らす害獣とはわけがちがう。力は強く、動きは速く、なによりも人間を襲い、食らおうとの明確な意思をもっている。

 訓練を受けた兵士でさえ手こずるその力と意思の前には、子供たちなど無力だった。一方的に襲われ、傷つけられるばかり。追い払うなど不可能なことだった。

 「ク、クソ……」

 ジャイボスも立ち尽くしたまま震えていた。

 怖いものなしのジャイボスにとっても、はじめて見る小鬼の群れは恐怖の対象だった。村一番のガキ大将として物心付いたときから同年代の誰よりも大きく、力も強かった。自分より強いものと戦ったことなんてない。そんなジャイボスだけに、自分を越える力に対する恐怖はひとしおだった。

 子供たちは小鬼の襲撃に泣き叫び、逃げ出そうとした。そのとき――。

 「なにをしているの、みんな!」

 少女の必死な叫びが響いた。

 「このままじゃ、村が滅ぼされちゃうのよ! ここで戦わなくてどうするの⁉」

 シズーだった。

 出兵した父親が残していった長剣、年端もいかない少女がもつには明らかに重すぎるその武器を引きずりながら、シズーが小鬼の群れ立ちの前に立っていた。

 シズーだってもちろん、怖い。その身は小刻みに震えている。でも、だからって逃げ出すなんて出来ない!

 ――ここはあたしたちの村よ! あたしたちが守らなきゃ。

 その思いだけで扱ったこともない剣を抱えて小鬼の群れに立ち向かう。

 そのシズーに小鬼が襲いかかった。

 「危ないっ!」

 ジャイボスとスタムが叫んだ。ふたりとも、叫ぶばかりで一歩も動けない。

 そして、シズー自身も。はじめての『襲われる恐怖』に身がすくみ、とっさに反応できない。恐怖に目を見開き、自分を食らおうと襲ってくる小鬼を注視するばかり。

 ガッ、と、小鬼が牙をむき出しにしてシズーに食らいつこうとした。まさにそのとき――。

 ドウッ!

 重く、大きな音がした。

 どこからか飛んできた鉄の球がすさまじい勢いで小鬼にぶつかり、吹き飛ばした。

 「シズー!」

 「ノール!」

 シズーは叫んだ。

 そこにいたのはノール。村の子供たちのなかでも一番背が低くて、一番力の弱い弱虫少年だった。その弱虫がいま、肩に大きな筒を担いで立っているのだ。

 「食らえいっ!」

 ノールが叫んだ。

 ドウッ! と、音がしてノールが肩にかついだ筒から鉄の球が飛び出した。その鉄の球は弓矢を遙かに超える速さと威力で小鬼にぶつかり、その身を吹き飛ばした。けれど――。

 ノールの小さくて非力な体ではその反動に耐えられない。ノール自身も吹き飛び、せっかくの筒も取り落してしまった。

 「筒、筒……」

 ノールは必死に取り落とした筒を求めた。しかし、それより早く、

 「こうすりゃいいんだな!」

 一目見て使い方を覚えたジャイボスが筒を取りあげ、撃ちまくった。

 ドウッ、

 ドウッ、

 ドウッ!

 重く、大きな音が連鎖して鉄の球が次々と撃ち出される。鉄の球は小鬼たちの体を粉砕し、打ちのめす。見たことのない武器に怯えたのだろう。小鬼たちは逃げ出した。

 「すごい! さすが、ジャイボス!」

 スタムが叫んだ。他の子供たちも一斉にジャイボスの名前を呼んだ。

 ノールが渾身こんしんの力を込めて開発した鉄の球を撃ち出す筒。

 この一年、ドントラムのもとでみっちりと金属の扱い方を学んだことで、ついに完成させた武器。

 これさえあれば自分みたいな力の弱い弱虫でも戦える。英雄になれる。そう思い、必死に制作した新兵器。それなのに――。

 ――結局、ジャイボスを英雄にしただけか。

 やっぱり、僕は役立たずの弱虫なんだ……。

 その現実に――。

 ノールは打ちひしがれた。

 「……ノール」

 そんなノールにシズーが近づいた。

 ぬっと、ふたりを大きな影が覆った。

 ジャイボスだった。ノール手製の筒を抱えたままのジャイボスがノールの顔をのぞき込んでいた。

 「……おい」

 「な、なに……?」

 「こいつはお前が作ったのか?」

 「う、うん……?」

 「よし」

 「えっ?」

 「お前はこいつをどんどん作れ。使うのはおれさまに任せておけ。お前はとにかく、こいつをどんどん作るんだ。こいつさえあれば、おれたち子供でも鬼部おにべと戦える。人類を守るために戦える。そうなりゃお前は立派な英雄だぞ!」


 『弱虫工房』

 ノールの実験室にその看板がかけられた。そこはまさに対鬼部おにべ用の新兵器を作るための工房だった。

 「弱虫工房……。そんな名前でいいの?」

 シズーが尋ねた。

 「この名前だからいいんだよ」

 ノールはようやく完成させた武器を手にしながら答えた。

 「僕は確かに弱虫だ。でも、弱虫だからこそ、その弱虫の僕でも戦えるようにと考え、この武器を作った。この『弱虫ボッツ』を作ることが出来た。もし、僕が弱虫でなければそんなことは考えもしなかったし、人の役に立つことも出来なかった。だから、弱虫でいいんだ。弱虫であることは僕の誇りだ」

 ノールはそう言い切った。

 シズーに振り返った。

 「シズー。僕はこれから弱虫ボッツを作りつづける。そうすることで、人間のために鬼部おにべと戦う。だから……シズー、君にずっと一緒にいてほしい」

 その真摯な言葉に――。

 シズーは小さくうなずいた。

 「……はい」


 勇者と熊猛ゆうもう紅蓮隊ぐれんたいを失い、多くの体力ある戦士たちに死なれ、著しく弱体化した人類軍。その人類軍を支えることとなる『弱虫工房』がここに生まれたのだった。

                 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自分は戦士じゃないけれど 藍条森也 @1316826612

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ