蟹が届く

川谷パルテノン

蟹が届く

 なか卯から出てきた山男のような風体の男性がそのままCoCo壱に入っていった。有限の生命と無限の欲求の衝突を見た。これが恐竜なら絶滅するほどの衝撃があった。私はしばらく立ち尽くしたままCoCo壱の入り口あたりを見つめていた。テイクアウトではなかったのだ。なか卯で一試合終えたはずの山男はCoCo壱を後で堪能するわけでなく連戦を選んだのだ。これが地球なら誕生の瞬間ほどの衝撃があった。私は治まらない震えの中で歩を進めいち早く帰宅する必要があった。なぜなら蟹が届くからだ。正月に向けて蟹が届く手筈を取ったからだ。それがなぜだか手違いでもう届くのだ。しかしながら蟹は蟹だ。正月だろうが平日だろうが蟹は蟹なのだ。少しくらい早くなっても受け取ることが大事なのだ。なのになぜ、脚が震える。震えて動かない。山男のなか卯からのCoCo壱如きでこの脚が大震えの不動の構えである。動けよ! 動けったら! 拳で殴りつけてみてもアルコール中毒の症状のようにガタガタと小刻みをやめない。蟹が届いてしまう。

 私があたふたしている間に山男がCoCo壱から出てきた。私は不甲斐ない脚を罵倒した。意気地のないせいで、山男のほうが有意義な時間を使っていることへの悔しさのせいで私は公共の場で大声で自分の脚を罵倒してしまった。獣のように吠え千切れた。山男はマクドナルドに傾れ込む。i'm lovin' itパラッパッパッパー……アォーーーーーーーーッンン……


……


………


「ジェシー、以上が古代文字の解析結果だ」

「つまり……どういうメッセージだ?」

「さてね。だがどことなくポエジーだ」

「そうか? 俺は詩情ってもんがさっぱりでね。だが古代人が現代にあてて記したメッセージだ。確かに……そうだな。アーティスティックかもしれない」

「これはきっと歌だよ。たとえば苦難の旅を強いられた者に捧ぐ慈愛。そういう優しさを感じる」

「いよいよわからないがお前が言うならそうなんだろうな。ともかくコイツは貴重なものだ。手に入れるためにバイオワームの餌になるとこだったんだぞ。何とぞ頼むぜ先生」

「先生は止せよ。また何か新しい発見があればこっちから連絡するよ」

「ああ、頼む。そりゃそうと結婚するんだってな。いいのか? 俺と仕事してて」

「なんだよ。耳に入ってたのか。別に構わんさ」

「俺とのことは? 言ってないんだろ? いや、黙ってたほうがいいだろうな。波風は立てないほうがいい。お前だってそう思ってるから俺には結婚のこと黙ってたんだろ?」

「なんだよ。そういう話がしたくてわざわざ虫に食われる危険を犯してまで僕にこれを取ってきてくれたのか? 変わらないな、そういうところ」

「うるせーよ。俺は……俺は今だって」

「悪かった。でももう昔の話だ。全部昔の」

「わかってるよ」


……


………


 なんだ今のは! なんなんだ! それより動けったら! 蟹が! 蟹が届くんだぞ!

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