バカとテストと召喚獣2022
船越麻央
第1話
2022年夏。
僕らはある病院の廊下に集合していた。雄二と霧島さん。ムッツリーニに秀吉。そして美波。
文月学園高校を卒業してからも交流のある、大切な仲間たちだ。
「アキ、それで瑞希の病状はどうなの?」
美波が口を開いた。すごく綺麗な大人の女性になった美波。今はポニーテールではないけれど。
「うん。それがあまり良くないんだ」
僕が力なく答える。
「ウチらが呼ばれたってことは……。アキ、その、まさか……」
(そのまさかなんだ)
「「「「「なっ‼」」」」」
全員が絶句する。
「……吉井。うそでしょ……」
「明久! おまえ何とかしろ!」
相変わらず無茶を言う雄二。僕に何とかできるんだったらとっくの昔にやっている。まだ姫路さんからプロポーズの返事ももらっていないんだから。
沈黙の時が流れる。重苦しい雰囲気。
その時、病室のドアが開いて姫路さんのお母さんが顔を出した。僕らは病室の中に招き入れられた。
殺風景な真っ白の部屋に、大きなベッドとお客さん用の椅子。ベッド脇のテーブルにはお花。
部屋の中には姫路さんのご両親と、主治医の先生、そして女医になった工藤愛子さん。白衣が良く似合ってる。ベッドに横たわっているのは、新雪のような白い肌と、背中まで届く柔らかそうな髪の女性。
姫路瑞希さん。
少し体調を崩して入院したと聞いていたのだけれど、まさかこんなことになるなんて。
「ゴメン、本当にゴメン……ボクらの、ボクの、ボクの力不足で……」
工藤さんがこぶしを握りしめ、肩を震わせて声をしぼり出した。こんな工藤さん初めて見た。
「愛子ちゃん。そんなに自分を責めないでください。悪いのは私ですから」
姫路さんがベッドの上からうつむいている工藤さんに声をかけた。そして僕らの方を向いた。吸い寄せられる大きな瞳は、まっすぐに僕らを見ている。
「みんな私なんかのために集まってくれてありがとう。でもどうしても最後のお別れを言いたかったから」
「ひ、姫路さんっ!」
僕は思わず声を上げてしまった。姫路さんはかまわずに言葉を続ける。
「翔子ちゃんと坂本君。末永くお幸せに。翔子ちゃん、私の、私の分まで……」
「……瑞希! み、瑞希も吉井と……」
「うっ、くっ、姫路……」
霧島さんと雄二、この二人の仲は変わらない。
「土屋くん……いい記事をいっぱい書いてくださいね。期待していますよ」
「……心得た。まかせてくれ」
そうだ、ムッツリーニは新聞記者になっていたんだ。結構いい記事を書いているようだ。
「木下君。次の舞台見たかったです。見に行けなくてごめんなさい」
「ワ、ワシは次の舞台では主役じゃ! な、なぜ見に来てくれぬ!」
秀吉が声をしぼり出す。
「愛子ちゃん。いいお医者さんになってくれてありがとう」
「ボ、ボクは、ボクはくやしい……」
姫路さんのお母さんがハンカチで目頭を押さえて、病室から出ていってしまった。後を追うお父さん。
「美波ちゃん。明久君を、明久君をよろしくお願いします。美波ちゃんなら明久君をきっと幸せに……」
コホン、コホンと咳き込む姫路さん。
「み、瑞希! 何言ってるのよ! ウ、ウチと瑞希はずっとライバルだって言ってたじゃないっ!」
「美波ちゃん。私の、私の最後のお願いですから……」
「わ、わかったわよ! 瑞希、わかったから!」
美波の目から大粒の涙が……。
「そろそろこの辺で」主治医の先生が口をはさむ。
「先生、すみません。もう少しだけ私に時間をください」
「先生、ボクからもお願いします!」
姫路さんと工藤さんの必死の訴え。主治医の先生がうなずく。姫路さんは続ける。
「私の心残りは文月学園の私の受け持ち、2年Fクラス」
そうだった。姫路さんは大学卒業後文月学園の教師となったのだ。そして今は2年Fクラスの担任。よりによってFクラスとは。でも姫路さんとても充実した日々を送っていた。
「そのことなら大丈夫だよ。鉄人、いや西村先生と高橋先生が面倒を見ているから。学園長も健在だし」
僕は姫路さんを安心させるために、僕の知っていることを伝えた。嬉しそうに微笑む姫路さん。こんな時まで自分のクラスを心配するなんて。
「最後になったけど、明久君」
「はっ、はい」
「明久君。本当にありがとう。私、明久君と出会えて幸せでした」
「姫路さん! 僕は、僕は」
「明久君。この前のプロポーズ、本当に嬉しかった。お返事が遅くなってごめんなさい」
ちょうど一週間前、僕はこの病室で姫路さんに思い切ってプロポーズしていたんだ。
「ひ、姫路さん、ぼ、僕と結婚してください。必ず、必ず幸せにするから」と。
突然の申し出に姫路さんは驚いていたけど、嬉しそうだった。でもまだ返事はもらっていない。
「明久君。私を、私を明久君のお嫁さんにしてください。ふつつか者ですがよろしくお願いします。これが……私の、私のお返事です」
姫路さんは強い意思をハッキリと口にした。僕は思わずベッドの上の姫路さんの手を握りしめた。
「姫路さん! ありがとう。幸せにするよ、ゼッタイにゼッタイに」
「ふ、二人で、す……素敵な家庭を……き……築きましょう……ね……」
「姫路さん! 姫路さん!」
コホン、コホンと再び苦しそうに咳き込む姫路さん。もうこれ以上は無理ですと主治医の先生にうながされて僕らは病室を後にした。姫路さんを一人残して。
僕らと入れ替わって病室に姫路さんのご両親が入った。
その夜。姫路瑞希さんは静かに旅立って行った。僕を残して。
「アキ! 早く起きて! 会社に遅れるわよ!」
「ううん、もう少し寝かせてよ……美波」
「ダメよ! さっさと起きて着替えてっ」
ウチとアキの日常の朝。瑞希が旅立ってしまってから、長い時間を必要とした。でも今ウチとアキはひとつ屋根の下で暮らしている。だってウチは瑞希と約束したんだから。アキを幸せにするって。
瑞希。ウチとアキは今幸せだよ。実はウチのお腹にアキの赤ちゃんが……。ごめんね瑞希。でもウチ、丈夫で元気な子を産んで見せる! もし女の子だったら瑞希の生まれ変わりかも知れない。そしたらきっと綺麗で、頭が良くて、将来胸が大きくて。男の子だったらどうしよう。もしかしておバカに育ってしまうかも。
どちらでもいい。瑞希、見守っていてね。絶対だよ。
見渡す限りの澄みきった青い空。僕が見上げると、そこには白い子ウサギ抱いて微笑む少女の笑顔があった……。
おしまい
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。初めて投稿しました。内容がちょっとショッキングなのはご容赦ください。ちなみに、明久と美波の赤ちゃんは男の子でしょうか、それとも女の子? 皆様どう思われますか……
船越麻央
バカとテストと召喚獣2022 船越麻央 @funakoshimao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます