第4話

「キシュ! キシュ! キシュ! キシュ!」

 ざくぅ!

「いってえ!」


 猛スピードで突っ込んできたバケモノアリの突進を、俺は死に物狂いで回避する。

 インスタントなイエローブラッドの能力を失った凡人の俺は、バケモノアリのアゴで、背中をざっくりと切り裂かれた。


 熱い! 背中が熱い! 背中からどくどくと血があふれでてくるのがわかる。

 傷の深さはどれくらいだろうか……いや! そんなことを悠長に考えるヒマなんてない!!


「キシュ! キシュ! キシュ! キシュ!」

 ざくぅ!

「あぐぅ!」


 バケモノアリに、左の足首をザックリとかじられた俺は、惨めったらしく金属の床の上につっぷした。

 あ、これは終わった。今度こそ終わった。

 俺は、逆村さかむらと同じ運命をたどるんだ。


 頭の中に走馬灯がかけめぐる。逆村さかむらには、小学生のころからずっといじめられっぱなしだったな……そのたびに、乙花おとかに助けてもらっていたっけ。逆村さかむらと同じ『血』の力に選ばれた乙花おとかに……。


とおる! やっと見つけたよ! 大丈夫!?」


 そう。こんな感じで、俺が泣きべそをかいているといつも乙花おとかが助けてくれた。

 

「うわ! すっごい怪我! まってて、コイツを片付けたらすぐに治療するから!」

乙花おとか? 乙花おとか! よかった、無事だったんだ!!」


 俺は顔をあげる。そこには、バケモノアリに向かって拳銃を構えた乙花おとかがいた。


 バンバンバン!


 乙花おとかは、躊躇なくバケモノアリに向かって拳銃をぶっ放す。


 パス、パス、パス!


 徹甲弾の銃弾は、難なくバケモノアリに食い込んだ。

 それを確認した瞬間、乙花おとかは、左手をぎりりと握る。

 すると左手が、鮮やかな緑色のオーラにぽわんと包まれる。


「緑のLv4強制培養プログレス!」

「キ……シュ、キシュ……」


 乙花おとかの叫び声と共に、トゲのついた植物がバケモノアリの関節からバキバキと伸びてきて、バケモノアリは動きを止めた。


 徹甲弾に仕込んでいた植物の種を、瞬時に生長させる『強制培養プログレス』だ。

 植物をコントロールするグリーンブラット。しかも、高純度の『血』を授かった乙花おとかだからこそできる芸当だ。


「とどめ!」


 乙花おとかは、ブレザーの内側からスラリとナイフを抜き出すと、思い切り地面をけった。

 上空5メートルまでジャンプした乙花おとかは、真下にいるバケモノアリにナイフを投げる。ナイフは、狙い澄ましたように関節のスキマにスコンと突き刺さった。

 ナイフの命中を確認した乙花おとかは、両手をぎりりとにぎる。

 すると、右手が黒みがかった青色に、左手はまばゆい黄金色に輝いた。


「青のLv2直滑降シュス!」

「黄のLv2重量増加ボリュームアップ!」


 乙花おとかは、慣性の法則をガン無視した垂直落下でバケモノアリに突き刺さったナイフの柄の上に乗っかると、そのまま全体重を乗せて、思いっきりナイフの柄を踏んづけた。

 

 ミシ……ミシミシミシ……パキョ!


 バケモノアリは、ナイフの刺さった箇所からキレイに真っ二つになると、ピクリとも動かなくなった。


 大気を操るブルーブラッドによる垂直落下と、イエローブラッドによる重量増加……『異なる色の血』の同時発動。とんでもない高等技術だ。


「ふう。お待たせ、とおる。今治療するね!」


 乙花おとかは、軽く息を整えると、ニッコリと笑って、俺の傷を確認する。


「うわ……結構傷が深いね。とおる、制服脱いで。あと左足の靴と靴下も。『薬草』で治してあげる」


 俺は言われるがまま、制服を脱いで上半身裸になって、左足も裸足になった。乙花おとかは、スクールバッグから薬草を取り出して、背中と左足の傷の幹部に貼り付けると、左手をギュッと握り締めた。

 左手が、鮮やかな緑色のオーラにぽわんと包まれる。


「緑のLv4強制培養プログレス!」


 背中と左足の痛みが急速に引いていく。

 攻撃にも回復にも活用できるグリーンブラッドは、探索者に最も向いていると言われている。

 さらにブルーブラッド、イエローブラッドの『血』も自在に操れる乙花おとかは、将来を嘱望しょくぼうされる探索科の特待生だ。


「うん! 完全に傷口が塞がっている! 傷跡も残っていないし、もう安心だよ、とおる!」


 乙花おとかは首を傾げてニッコリとほほえんだ。


「あ、ありがとう。乙花おとか


 俺は乙花おとかの笑顔から顔を背けながら、背中がザックリと切れた制服と、左足の靴下を靴をいそいそと身につけた。


 ……美少女で、優等生で、おまけに性格も最高。

 俺と乙花おとかでは月とスッポンだ。高値の花なんてもんじゃ無い。


 そんな俺に、どうして乙花おとかは好意的に接してくれるんだろう。

 俺には、その理由はどうしても理解できないでいた。

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