第5話

 乙花おとかは、ブレザーの内側にナイフと拳銃をしまうと、スクールバックを背負いながら、誰にともなく話をはじめる。


「さてと。とおるは無事に見つかったことだし、あとは逆村さかむら君と合流しないとね。高純度イエローブラッドの逆村さかむら君がいれば、前衛を任せることができるから。

 アタシひとりじゃ、とおるを護り切れるか心配だもん」


 俺は、血だらけでザックリと切り裂かれた、制服と左足の靴下と靴を身につけながら、乙花おとかにおずおずと答える。


「その……実は、逆村さかむらなんだけど」


 俺は、乙花おとかに、今までの出来事を説明した。

 逆村さかむらが、すでに死亡していること。

 死因は、おそらくダンジョンが発生した際の鋭利な衝撃波によるモノ。

 そして、ダンジョンに残った死体は、俺の目の前でバケモノアリに運び去られたということ。


「ええ! ということは、逆村さかむら君の遺体は……」

「多分だけど、このダンジョンのマスターモンスターに食べられちゃったと思う。でもって残りの半分は、地上に残っていると思う」


 乙花おとかは暗い顔をする。


「そっか……逆村さかむら君、死んじゃったんだ」


 そりゃそうだ。鼻つまみ者の嫌われ者だといっても幼馴染なんだ。小さい頃からの知り合いが死んだら誰だって気分が重くなる。


逆村さかむら君、アタシはちょっと……っていうか、かなり嫌いだったけど……死んじゃったんだね」

「ああ。俺も、かなり……っていうか大嫌いだったけど、死んじまうとやっぱり悲しいもんなんだな……これで幼稚園の時のクラスメイトは15人目か」

「うん……やっぱり、知ってる人を失うのは悲しいね」


◆◇◆


 地球にダンジョンが出現するようになって12年。

 俺と乙花おとかは、いままでも何人もの大事な人たちを失った。

 最近は『血』の研究が進んで、人類の防衛能力もかなり向上したけれど、俺たちが5歳のときのダンジョン被害は、それはそれは凄惨なものだった。


 なかでも俺たちが小さい頃に住んでいたうしとら区は、大規模ダンジョンの震源地になって、一万人以上の死者が出た。俺の母親も、その中のひとりだ。

 今でも、うしとら区に発生したダンジョンは、制圧ができないまま立ち入り禁止エリアになっている。


 ……って、湿っぽい話はやめよう。


 今はそんな感傷に浸っている場合ではない。俺たちは、今まさにダンジョンで遭難中なんだから。

 なんとしても、ここから生還する方法を考えないと!


◆◇◆


 考えを整理した乙花おとかが話をはじめる。


「Lv4のイエローブラッド『血』の持ち主の逆村さかむら君を、一刀両断にする斬撃か……うん、ようやくこのダンジョンのマグニチュードが8ってことに納得ができたよ。このダンジョン、ちょっとヘンなんだよね」

「ヘンって? なにが?」

「探索科の課外実習で、マグニチュード4までの低難易度ダンジョン制圧に、何度か参加したことあるんだけどさ、通常のダンジョンって、地面の崩落や、火山の爆発……つまり、自然現象で発生するモノなの。

 こんな鋼鉄製の壁、しかも発光機能もあるなんて……こんな人工的、しかも高度な文明を想わせるダンジョンなんて初めてだよ。きっと、前例もないんじゃないのかな?」

「え?? そうなの?」


 ダンジョン発生=ノータイム全力避難の俺は、乙花おとかの発言にただただおどろくだけだ。


「あの頑丈な逆村さかむら君を即死させるトラップのあるダンジョンか……これは素直に、探索隊の救援を待った方が良いかもしれない」


「だよな。マグニチュード8って、俺たちが住んでいたうしとら区に発生したダンジョンと同じ規模だもんな」


 そう、このダンジョンは、この日本に出現した、災害級の4つのダンジョン。


 うしとら区にできた『氷結のダンジョン』。

 たつみ市にできた『密林のダンジョン』。

 未申ひつじさる島にできた『活火山のダンジョン』。

 そして、富士山の中腹に突如できた『風穴のダンジョン』。


 それらとおんなじ、マグニチュード8の災害級のダンジョンなんだ。

 ちょっとにわかには信じられないけど。


「とにかく、学生がどうこうできるダンジョンじゃないよ!

 って、ノーマルブラッドの俺は、マグニチュード1のダンジョンですら手も足もでないけどな!」


 そう言いながら、俺は、乙花おとかが倒したバケモノアリのちっちゃなメダル4枚をいそいそと拾う。その時だった。


「えー! そんなことないと思うんだけどなぁ。とおると、乙花おとかちゃんがタッグを組めば、こんなダンジョン、らくしょーで制圧できるとおもうんだけど♪」


 ん? なんだ??

 乙花おとかの声が、俺の背中から聞こえてくる。

 いや、これは乙花おとかの声じゃない!

 その証拠に、乙花おとかは、俺の目の前にいて、目をパチクリとさせておどろいている。

 乙花おとかは、戸惑いの表情で、俺の右どなりを指差した。


「え……なに? これってホログラムか何か?」


 俺は、後ろを振り向いた。

 そこには、乙花おとかそっくり(ただし身長30センチくらいのちっちゃい身体で、あと色白でスレンダー)なメダルの妖精、カノトがフワフワと浮いていた。


「ぷわぁん、ぱかぱーん! おめでとーございまーす!!

 ちっちゃいメダルを200枚集めたごほうびとして、この『いばらのムチ』をあげちゃうよん!」


 え? どういうこと??

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